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そして、夕方5時半を回った頃、月島屋の次男は現れた。
「いらっしゃいませ。あ、大ちゃん!」
きりよく来店客も途切れたタイミングで、ひなたが嬉しそうな声を上げた。
律も、ぎりぎりまでまとめていた資料から顔を上げて立ち上がる。
「いらっしゃいませ! ──あ」
自動ドアを開けて入って来たスーツ姿の長身の男性は、月島屋の紙袋を提げていた。
既視感がありすぎるその彼は、先日と違って眼鏡をかけているものの、あの時の残念な男前だ。
……睦美の予言が当たった瞬間だった。
「大ちゃん、こっち」
ひなたが嬉しそうにテーブル席に案内し、宮原もカウンターから出てきた。
「久しぶりだな、大介。仕事はどうだ?」
「相変わらずだよ。これ、ひなたに。だいだいもちじゃなくて悪いんだけど」
男性が、ひなたに紙袋を渡す。
「そんなの、ぜんぜんいいよ! あ、みたらし団子じゃん。やった」
「だいだいもちは、今原料があんまなくてな。また次出す時連絡するよ」
「大ちゃんとこのはこだわりがあるもんね、待ってる!」
ひなたが紙袋を覗いてにこにこしていると、宮原が律を呼んだ。
「大介、今回社員旅行を担当する桃瀬だ」
男性がこちらを見て、内ポケットから名刺入れを取り出した。律を見ても、特に反応もない。
あれ、別人? ……じゃないよな、この前と同じ匂いがする。甘い感じの。
内心で動揺しつつ、律も自身の名刺入れを手に取ると、ひなたが期待に満ちた目でこちらを見た。
え、今? 『桃色桃瀬』をやれと?
「あの……もっ、桃瀬です」
自分の名前を噛んでしまった。
「……りっちゃん」
ひなたの残念そうな視線が突き刺さる。
そんな可哀相な子を見るような目で見られても、さすがに無理だ。気まずいにも程がある。というか、この男性は自分のことを覚えていないのだろうか?
律のピンク色の名刺を丁寧に受け取った男性は、自身の名刺を差し出した。
「月島大介です。この度はよろしくお願いします」
渡された名刺には、『月島屋製造課長』と記されてあった。
4人が席に着いてからも、隣からひなたの視線が痛い。これは、早々に事情を分かってもらう必要がある。おちゃらけてる場合ではないということを。
「あのっ。先日は、その、すみませんでした!」
律は、正面に座った大介に勢いよく頭を下げた。
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