古傷は忘れた頃に

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「桃瀬くん、大丈夫か?」  大介が、律の隣に腰掛ける。 「すみません。あの、大丈夫なんで」  宮原に理不尽にシメられて、涙は引っ込んだ。 「みっともないところを見せてしまったな。嫌な思いをさせてしまった」 「いえ、そんなことは」  大介は、律が泣く程に嫌な思いをしたと思っているのかもしれない。 「違うんです、その……自分が振られた時のことを思い出してしまって」 「え?」 「と言っても、もう随分前のことなんですけど。もう、恥ずかしいですね。はは」 「いや……そうか」  自分でも、こんな風に思い出すなんて思っていなかった。もう平気なのだと思っていた。 「そう言えば前に言ってたな、男同士でも浮気もすれば平気で裏切るって。辛いことを思い出させてしまって、すまない」 「あ、いえ……」  前に、打ち合わせで店に来てもらった帰りに、そんな話をした気がする。覚えていたのか。……というか、自分の恋愛対象が男だといつから知っていたんだろう。  律の不安そうな表情に、大介は小さく頷いた。 「旅行の前に、朔から桃瀬くんのことは少し聞いていたんだ。ごめんな、勝手に聞いてしまって」  いつも宮原が同行していた月島屋の社員旅行だったが、今回は新人に担当させてやってほしいと頼まれた。その時に、律の人となりについては聞いていたそうだ。 「頑張り屋さんで頼りになるって話してたぞ。その時に、朔と同じで恋愛対象は男性だと聞いていたんだ」 「じゃあ初めから……大介さんは、その、嫌じゃなかったですか?」 「そんな訳ないよ。朔やひなただって、ずっと親友なんだ。俺は、それが特別な感覚は全くないよ。でも……里佳子さんは違ったな。朔には申し訳ないと思ってたんだ」  大介は里佳子と付き合いだした頃、親友の宮原を紹介したことがあった。その時の彼女の反応に、隠しきれない嫌悪があることを感じたそうだ。 「でも理解しようとはしていたから、ゆっくり分かってもらうつもりでいたんだ。……ひなたには悪いことをしたよ」  生理的に感じてしまう嫌悪を、悪いとは思わない。思わないけれど……寂しいとは思う。  初対面での違和感を宮原も感じたのだろう、里佳子にひなたを会わせることはしなかったそうだ。  今日は、不可抗力で会ってしまったけれど。
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