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「え?」
宮原が目を見開く。
9月というと、もう来月だ。
「そのこともあって、打ち合わせを前倒しにしてもらったんだ」
「それはずいぶん急な話だが……何かあるのか?」
「ああ。それがこの前、会長の見舞いに行ったら、急に会長も社員旅行に行くって言い出して──」
月島屋の会長であり大介の祖母でもある月島千代は、今年米寿を迎える。
彼女は東北地方の、多津乃湖出身だ。
毎年届く、地元にある福美稲荷神社からの『もみじ祭り』の案内を、今年は入院先の病院で見ることになった。
大介が見舞いのついでに持って行った薄い封筒を開けた千代は、同封されていたもみじの葉を手に取り、無言で見つめていたそうだ。
「もみじ祭りの案内は毎年届くんだよ。でもこれまで一度も行ってないんだ、俺の知る限り。それが、今年は行くって言い出して」
ここ数年は社員旅行にも参加していなかった千代だが、大介が見舞いに行った翌日、急に自分も行くと言い出した。行き先は多津乃湖、日程は、福美稲荷神社のもみじ祭りに合わせた9月に。
「もう名ばかりの会長とは言え、鶴の一声は健在でね」
腰を痛めて入院していた千代だったが、急きょリハビリ計画も立て直したらしい。
「俺としても会長が元気になってくれれば、それが一番嬉しいから」
そう言って微笑む大介は、祖母思いなのだろう。
「だから、急な変更で申し訳ないんだが……」
「いや、そういう事情なら仕方ない。あそこのもみじ祭りは、うちは扱ったことがないが……桃瀬はあっちの出身だったよな?」
「あ、はい。僕も多津乃湖の出身です。でも僕は街側なので、山側はほとんど行ったことないんですけど」
律の出身地でもある東北地方の多津乃湖は、大きな湖を挟んで街側と山側で少々文化が異なる。田舎独特の自尊心の高さゆえか、地元の人同士もあまり交流がなかった。
春に神様をお迎えする春社祭り、通称花祭りは街側にある多津浪神社で、秋に神様をお送りする秋社祭り、通称もみじ祭りは山側にある福美稲荷神社で、それぞれ行われている。
律は花祭りは行ったことがあるが、もみじ祭りには行ったことがなかった。
「いや、土地の人が担当してもらえると心強い。よろしく頼むよ」
それでも律が多津乃湖出身と聞いて安心したのか、大介は苦笑いではなく、今日初めて律に笑いかけた。
「あ、はい……」
ひなたの言うように、話してみると優しいというのも当たっているかもしれない。
緩やかに口角が上がって、眼鏡の奥で細められた瞳が弧を描く大介は、やっぱり男前だった。
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