106人が本棚に入れています
本棚に追加
もみじ祭りの情報は、あまり表に出ていなかった。地元の友達何人かに聞いてみたが、これといった話も聞けなかった。
睦美が懸命に探してくれた情報によると、1週間出店が並ぶ以外は、山裾にある福美稲荷神社で巫女の舞があるくらいらしい。……あまり、ぱっとしない。
それでも、千代にしてみたら生まれ育った故郷に違いない。今回腰を悪くしたことで、少しでも元気なうちに、もう一度故郷に帰りたくなったのかもしれない。そうだ、今年米寿を迎えると言っていたから、
『旅館は数箇所に分かれても、夕食は一堂に会せるよう大広間を準備いたします。その席で、会長の米寿祝いをされてはいかがでしょうか』
親睦を深めるための社員旅行で宿泊施設がバラバラなのはかなり辛い。何か、1つになれるようなイベントがあった方がいいだろう。
とはいうものの、米寿祝いって何するんだ? 赤いちゃんちゃんこ……は還暦か。よし、これも調べよう。
場所が多津乃湖になったことで、行程も厳しくなる。想定していた温泉地より、かなり遠いのだ。時間的に厳しくなるから、観光地もあまり回れないだろう。
88歳の会長が同乗するので、バスの座席もゆったりしたタイプにしなければ。腰を痛めているそうだが、車椅子は必要だろうか? そうなるとバリアフリー対応の確認もしなければならない。都市部には浸透しているバリアフリーも、多津乃湖のような田舎の方では、まだまだ対応しきれていないところも多いだろう。
元々の仕事であるパッケージツアーの添乗指示書を作成しながらあれこれ考えていると、ひなたが後ろからひょいと覗きこんだ。
「りっちゃん、そこタムタムになってるよ。あ、ここも。ヨロヨロって……あはは!」
「わ、すみません」
『ヨロタム』にするつもりが、文字が重なってしまっていた。
「りっちゃん、ヨロヨロじゃん。大丈夫?」
「大丈夫です……」
ちなみに『ヨロ』は『よろしく』、『タム』は『頼む』の略だ。『確認』は『カニ』である。初めの頃『カニタム』の指示を見て、蟹を買ってくるのかと真剣に思ったことが懐かしい。
慌てて直していると、大介からメールが届いた。
『旅館分散の件了承、会長は神社から一番近い宿で頼む。米寿祝いについて、皆の賛同が得られたのでぜひ行いたいと思う。提案ありがとう。あと行程について、工場見学を入れて欲しい。できれば和菓子工場がいいが、難しいようならどこか食品系で』
最初のコメントを投稿しよう!