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「工場見学か……」
新たなリクエストを受け、早速調整に入ることを返信して律は頭を巡らせた。一緒にメールを見ていたひなたも口を挟む。
「どうせなら地元の名産品とかがいいんじゃない? 多津乃湖のお土産って確か、多津乃湖サブレだよね。工場見学やってないかなぁ? あーでも和菓子じゃないか。多津乃湖って和菓子のお土産ないの?」
「一応ありますよ。マリモまんじゅう」
「何それ、知らない! 美味しいの?」
全国の土産物を熟知しているひなたも初めて聞く名称に、その目が輝いた。
「あんまり人気ないけど僕は割と好きかな。ひと口サイズの小さい緑色のおまんじゅうで」
多津乃湖はきれいな湖で、その湖底には毬藻が群生している。しかし多津乃湖には昔から龍神伝説があり、毬藻は湖に棲む龍神様の寝床と言われているため採ることは許されていない。
本来なら観光土産になりそうな毬藻が採れないので、代わりにと作られた毬藻型のまんじゅうだが、知名度は低かった。
「抹茶味?」
「いえ、グリーンピースですね」
「え」
「えんどう豆もあの地域の名産なんで。しっかり豆の味がしますよ」
「甘くないの?」
「それがめちゃくちゃ甘いんです。だから人気ないのかなあ」
ひなたはグリーンピースが嫌いだ。脳内でだだ甘いグリーンピースがぐつぐつと煮詰められたのか、あからさまに顔を歪めた。
「何それ、最悪。僕へのお土産は多津乃湖サブレにしてよね」
途端に興味を失い律から離れたひなたに、宮原が声を掛けた。
「今日行くフレンチはグリーンピースは使われないから、安心していいぞ」
「うん! さくちゃん大好き」
「5時には出るから準備しとけよ」
「分かってる」
職場でいちゃいちゃする2人は、今日が入籍の記念日だ。ひなたのリクエストで、あまり予約の取れないレストランを特別に取ってあるそうだ。そのあとは、 夜景のきれいなホテルのスイートにお泊まりするらしい。
「僕、さくちゃんと出会えて本当に幸せだよ」
「ひなた……」
一瞬口元を手で覆った宮原が、人目も憚らずひなたを抱き寄せた。
「何言ってる。俺の方が幸せだよ」
そのタイミングで入口の自動ドアを開けた女性客が、カウンターの中で抱き合う2人にぎょっとして立ち竦んだ。
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