残念なイケメン

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 すっかり顔見知りになったカウンターの女性スタッフが自分を見つけて、にっこりと笑った。 「こんにちは、桃瀬さん。パンフレットの入れ替えですか?」 「こんにちは、お世話になってます。はい、秋のグルメ旅特集ですよ、良かったら見て下さいね!」  提げている紙袋から新しいパンフレットを一部取り出して、カウンターに差し出す。早速手にとってくれた彼女の横で新人らしい初見のスタッフが覗き込むのを見て、慌てて内ポケットから名刺入れを取り出した。 「あ、初めましてですよね。サクラトラベルの桃瀬です。よろしくお願いします!」  桃瀬(ももせ)(りつ)、24歳。旅行会社に勤務して、まだ2年目のひよっこだ。  薄いピンク色の名刺を差し出すと、顔見知りの彼女がくすくすと笑った。 「あれ、いつもの言わないんですか?」 「あーいや、あれはもう」 「私、結構気に入ってるんですけど。桃色桃瀬さんって」  律には会社で2つ上の先輩がいるのだが、その先輩に名刺を渡す際の決まり文句として『桃色桃瀬』を授けられたのだった。  ここのインフォメーションの先輩スタッフである彼女には、もちろん『桃色桃瀬です!』と自己紹介したし、その後も何度か目撃されている。 「あれ、結構恥ずかしいんで」 「えーそうですか? 覚えられやすいし、絶対いいと思う!」 「はは……」  2年間律儀に守ってきた律だったが、今年から先輩がいないところでは、やめている。先輩が一緒にいると、期待に満ちた目で見てくるので言わざるを得ないのだが。  そんな話をしながら、インフォメーションの横にあるラックから自社のパンフレットを引き抜き、持参した新しいものと入れ替えた。  サクラトラベルでは定期的にパッケージツアーを企画して広く募集をかけるので、パンフレットも主要駅や商業施設などに置かせてもらっている。  入れ替えが終わり、接客に入ってしまった彼女たちに会釈だけしてその場を離れると、律はエスカレーターで地下1階に下りた。  今日、この百貨店を最後にしたのはお目当ての買い物があったからだ。おかげで少し歩く羽目になったが、構わない。  地下1階に到着し、和菓子コーナーを見渡して、隅っこの特設売り場に──あった!  月島屋の、だいだいもち。  美味しいんだよね、だいだいもち。柔らかくて半透明のもちもちした求肥の中に淡いだいだい色の果汁入りの餡が程よく入っている。甘酸っぱさの中のほろ苦さが絶妙で、これまた美味しいんだよね。  ここ桜木市の名産品としても有名なだいだいもちだけど、月島屋のものはひと味違う。何たって元祖だし、年中出回る他所の店と違って従来は冬のみの販売なのだ。それがごく稀に夏場にも販売される。知る人ぞ知るその情報を例の2つ上の先輩から入手して、お使いを買って出たのだ。  甘い物好きなところは、とても気が合う2人だった。
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