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「変更が多くて、すまないな」
「いえ、そんなことは。また何かあったらいつでも言ってください」
「助かるよ、ありがとう」
「いえ」
この人は、『ありがとう』がきちんと言える人だ。
業務連絡のメールでも、いつも謝意が入っている。それは簡単なことなのだが、顧客となると少し珍しい。客側としては要望は聞いてもらって当たり前だし、律もそれでいいと思っている。
それでもやはり、ありがとう、と言われると嬉しくなる。
大介は自動ドアの閉まったガラス越しの店内を振り返り、眼鏡の奥の目を少し細めた。
「こんなことを言うのもどうかと思うが……男女の恋愛より、男同士の方が純粋なのかもしれないな」
つられて律も店内を振り返ると、かぶりついて奥の部屋を覗き込む純粋からは程遠い睦美の姿が目に入った。ああもう、何やってんだ。不純の代表みたいになってるよ。
「あいつらを見てると、時々羨ましくなる。男同士の方が、邪念がなさそうだ」
「……そんなこと、ありませんよ」
「え?」
思わず呟いた律に、大介が振り返った。
「宮原さんたちは違うと思いますけど。男同士だって、浮気もすれば平気で裏切りますから。男女関係ないですよ」
「………」
「あっ、いえ」
しまった、何言ってんだ。
「何でもないです、すみません」
それに、この人も結婚間際で破談になったんだった。
大介に対して最初の悪印象はかなり薄れているけれど、それでも将来を約束した人がいたのに心変わりしたことには違いない。詳しい事情は知らないが、大介側の有責で慰謝料を払ったというのだから、そういうことなんだろう。
人の心は残酷だ、永遠の愛なんてない。
宮原たちが仲が良いことは認めるけれど、この先どうなるかなんて……分からないじゃないか。
律は、そそくさと営業用の笑顔を顔に浮かべた。
「ええと。では、また何かあればご連絡ください。本日はありがとうございました」
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