りっちゃんと愉快な仲間たち

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「誰が一目惚れしたって?」  ひなたが騒いでいると奥のスタッフルームから、一見するとホストのような甘いマスクで長身の男性が現れた。ひなたが嬉しそうに振り返る。 「さくちゃん! りっちゃんだよ、りっちゃん。新たな恋に一歩前進!」 「いや、だから……」  はしゃぐひなたの側まで来た男性は、目を細めてその頭を撫でた。 「良かったな、ひなた。応援してやらないとな」 「もちろん!」  サクラトラベル代表の宮原(みやはら)朔太郎(さくたろう)、29歳。ひなたと事実上の同性婚をしているパートナだ。  律の住むこの桜木市では、今の市長になってからパートナーシップ制度が導入されているが、この2人は養子縁組をしている。 「違いますからね、宮原さん」  宮原姓が2人いるため、代表を『宮原さん』、ひなたを『ひなた先輩』と呼称している。  学生時代に部活動を一切してこなかったひなたは先輩後輩という関係にとても憧れていたらしく、律が入社した時もそれはそれは喜んでくれた。以来、全力で面倒を見てくれる。  そんなひなたの強い希望で『先輩』呼びなのだが、今はいないあと1人いる女性スタッフは『ひなた君』と呼んでいる。あれ、そう言えば彼女は今日休みだっけ? 「私も挑瀬さんの恋、応援します」 「うわっ! いたんだ、木嶋さん」  フロアの隅っこで気配を消していた木嶋(きじま)睦美(むつみ)が急に立ち上がって、律は跳ねた。 「はい、いました。お2人の会話、聞かせていただきました」  眼鏡の奥でフフ、と笑う睦美は、腐女子という人種らしい。何でも、見目麗しい男性同士のナチュラルな恋愛模様を身近で堪能すべく、普段は極力気配を消しているのだそうだ。  事務系の仕事を一手に引き受ける、たぶんここで一番有能な社員だ。年齢不詳である。 「大丈夫ですよ、桃瀬さん。こういう場合、必ずあとで再会できます。そうですね、あと5ページくらい先あたりで」  そんな彼女の愛読書はBL小説だ。  以前、何気なく見せてもらったその内容は、控えめに言って過激な官能小説だった。動揺すると負けた気がして、静かに閉じてそっと返した。 「男前の引きの良さ、さすが桃瀬さんです」 「いや、だから」  確かに宮原カップルは絵になるが、平凡を絵に描いたような自分をその対象に含めないで欲しい。  それに、何より── 「僕はもう、恋愛はしませんから」 「……りっちゃん」  ひなたが、悲しそうな顔をした。
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