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律が桜木城でボランティアガイドをしていたその頃、宮原に会ったのだ。
出会った時のことはよく覚えている。
観光客の中に、何故かホストが紛れていることが度々あった。夜のお仕事そのままのスーツ姿で違和感ありまくりだが、城好きのホストもいるだろうと放置していたら、ある日声を掛けられた。
『君さ、うちの店に来ない?』
まさか自分がホストにスカウトされる日が来ようとは、夢にも思っていなかった。渡された真っ黒の名刺には、『サクラトラベル代表』の金色の文字がくっきりと浮かんでいた。
……ちなみに名刺の色はスタッフごとに違う。代表の宮原は黒で、ひなたはクリーム色。睦美は若草色で、律は有無を言わさずピンクにされた。
宮原は名刺を差し出しながら、いかにも胡散臭い笑みを浮かべて、言った。
『うちに来たら、全国のお城回れるよ』
この時の縁で律は大学卒業後、サクラトラベルに入社することになる。
ちなみに、宮原は実際にホストクラブで働いていた。サクラトラベルの起業資金もホストで稼いだらしい。そしていまだに、資金繰りに窮するとたまにホストクラブへ出稼ぎに行く。
サクラトラベルはこの4人と、あとは契約している添乗員の派遣会社からやってくる添乗スタッフが出入りするだけの、小さな個人経営の旅行会社だ。その分、地域密着型で親切丁寧が売りである。
「じゃあ仕事をがんばってくれ。ひなたもフォロー頼むよ」
優しそうな表情でひなたを見る宮原が、再度その頭を撫でる。
入社するに当たって唯一の条件が『同性婚に偏見がないこと』だった。睦美は前のめりでその条件をクリアしているし、律もカミングアウト済みだ。
入社したての頃の飲み会で、もう恋愛はしないと決めている律は失恋した過去を話したので、その経緯も知られている。ひなたは泣きそうな顔をして、新しい恋をするべきだと力説してくれたっけ。優しい先輩だ。
「任せて! 来週、大ちゃん来るんだよね。だいだいもち持って来てくれないかなぁ」
ひなたが諦めきれない様子で、宮原を振り返る。
「聞いてみるよ」
目を細めた宮原に、ひなたが嬉しそうに頷いた。
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