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だから、月島屋のだいだいもちは今でも千代の故郷、多津乃湖産のだいだいを使っている。
しかし当時他所の店が真似て作っただいだいもちは桜木産のだいだいを用いたので、人気が広がるにつれて、いつしかそれが桜木市の名産品になってしまった。
月島屋はずっと多津乃湖産のだいだいを使っているので、他所の店のように『桜木市名産』とは謳っていない。そもそも、そんなつもりもないのだが、
「中には誤解している人もいると思うから、それも公表するいい機会かと思ったんだ」
この意見に、広報を担当する2号店の旦那は賛同した。
昔と違い、今は原材料の産地表記が必要になっている。
月島屋も、昨年から原材料表記に『だいだい(多津乃湖産)』と産地も記しているのだが、それに気付いた客から『桜木市の名産なのにこの土地のだいだいじゃないのか』とがっかりされたり、時には『詐欺じゃないか』という批判を聞くことさえあった。
産地について隠していた訳ではないが、積極的に報せていた訳でもない。月島屋はどちらかというと、保守的な傾向にあった。
「これからは、それではいけないと思ってる。3号店跡の工場は、工場見学ができるようにして、一部開放することになると思う」
「工場見学……」
今回の旅行に工場見学を希望した当初はまだ参考程度にしか考えていなかったらしいが、にわかに現実味を帯びてきた。
話し合いは今後の経営方針にまで及び、結局3号店の旦那の処遇は保留のまま、親族会議はお開きになったそうだ。
「今回、多津乃湖サブレの工場見学を入れてもらって本当に良かったよ」
「あ、いえ、和菓子じゃなくて申し訳なかったのですが」
「いや、地元の名産品だからな。大いに参考にさせてもらえると思う」
そこに、運転手の中村と早川が仲良く店から出てきた。律と大介に気付いて会釈をする。
「お疲れ様です。桃瀬さん、皆さんお食事ほとんど終わられましたよ」
にこやかに話す中村は、提げていた紙袋をひょいと上げた。
「うちの所長がそば好きなんですわ。点数稼ぎです」
どうやら土産に多津そばを購入したようだ。それを見た大介が、腰を上げた。
「売ってましたか。……俺も、点数を稼ぐかな」
どうやら機嫌を損ねた会長にそばを買うらしい大介は、いそいそと店内へ戻って行った。
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