多津乃湖サブレ本社工場

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「とても興味深かったです、ありがとうございました」 「それは良かったです」  大介たちが、坂倉と挨拶を交わす。 「うちも近々工場を建設するんですが、一部見学できるようにする予定なんですよ。とても参考になりました」  大介の兄がそう言うと、坂倉が驚きながらも頷いた。 「そうでしたか! そういうことでしたら、微力ながら何かお力になれるかもしれない」 「あ、と言いましても、うちはもっと小さい規模ですが。まだまだこれから模索しないといけない段階で」 「それでしたら……うちの初号機、見てみます?」 「初号機?」 「ええ。コンパクトながら高性能なやつで……」  どうやら普段は案内しないようなものまで見せてくれるらしい。坂倉と大介たちが奥へ行くのを見かけた3号店の旦那は、慌ててあとを追いかけて行った。 「──ねぇ、ちょっといい?」 「え?」  大介たちを見送り、自身も皆に混じってサブレを囓っていた律は、さおりに呼ばれた。  見ると元彼は職人仲間のところに戻っており、他のアルバイトの女の子たちは会長の千代と談笑している。 「あの、」 「いいから、ちょっと」  え、何? 嫌なんだけど。  フロアの隅に連れて行かれ、観葉植物の影まで来ると、さおりが律を振り返った。 「あのさ。負けを認める。私の負け」 「……ええと?」 「大介さんのことだよ」  あの変な勝負、まだ続いていたのか。 「大介さんのことは、ももっ、桃瀬さんに任せる」 「……あの、だから大介さんとは、別に」 「大介さんのこと、よろしくお願いします!」 「ちょっ、」  だから、でかい声を出すな。  思わずきょろきょろする律を、さおりがじっと見つめた。 「もっ桃瀬さんは、もっと自分の気持ちに正直になった方がいいと思う」  さおりは自分の気持ちに正直だもんな。 「ももっ、せさんは」 「好きに呼んでもらっていいですよ」  というか、朝は普通に呼んでたぞ。何を無理に改まろうとしているんだ。  素直なさおりは、あっさり元に戻った。 「ももっちはさ、失恋がトラウマになってるのかもしれないけど」  ……ほんとに全部、覚えてやがる。  昨夜はベロベロに酔ってたんだぞ? 「怖がってちゃだめだよ。自分の幸せを諦めちゃ、だめだと思う」 「……そんなことは」 「大介さんは、ほんとにいい人だよ。私ずっと見てきたから分かるもん。ももっちの前の人がどんな人なのか知らないけど、大介さんは違うよ?」 「……あの。そもそも大介さんが僕のことをどう思ってるかなんて」 「分かるよ! 確かにね、まだはっきりとは自覚してないのかもしれないけど。大介さんはももっちのこと好きだと思う。ももっちだって、ほんとは思い当たること、あると思う」 「………」  さおりにじっと見つめられ、律は居心地悪く、目が泳いだ。
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