多津乃湖サブレ本社工場

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「ももっちも、大介さんのこと好きだよね?」 「え」 「好きだよね?」 「………」  好き、なんだろうか。  最初の印象は最悪で──いや。本当に、最悪だったのだろうか。  大介と出会った日の太陽の暑さと百貨店のきつい冷房。あの時ぶつけてしまった手の痛みまで、はっきりと思い出せる。  背が高くて格好良くて、好印象だったからこそ、好きにならないよう無意識に防御戦を張っていたのではないだろうか……。打ち合わせでやり取りするにつれ、その誠実な人柄に触れるにつれ、惹かれていたのではないだろうか。  大介は祖母思いで、優しい。それに、意外とロマンチックなところもあった。  大介から漂う甘い香りは、和菓子の香りだろう。その体に染み込むほどに、彼は仕事に情熱を注いでいる。  それから……昨夜の、キス。  唇と舌の感触が蘇って、体の芯が熱くなった。  ──ああ。 好き、かもしれない。 「いつまでもそこにあると思ったら大間違いなんだからね。大切なもの、見失ったらだめだよ」  遠くに心配そうにこちらを見ている元彼の姿が見えた。大切なもの、随分長い間見失ってたもんな、さおり。 「ももっちになら、任せられる。私の負けだよ」  というか、さおりは元彼とよりを戻しただけじゃないのか? 「大介さんのこと、どうかよろしくお願いします」  さおりが、深々と頭を下げる。 「ちょっと、あの」 「お願いします」 「………」  なかなか頭を上げないさおりに、律は小さく息を吐いた。 「ええと……分かり、ました」  パッと顔を上げたさおりが笑顔になった。 「良かった! 約束したからね!」  さおりが、パタパタと皆のところに戻って行く。  そこに支配人の坂倉と大介たちも戻って来た。 「皆さん、サブレは召し上がっていただけましたか? それでは、全員で記念写真を撮りましよう!」  工場の前に皆で集まり、千代を中心に月島屋の人々、それから本社工場支配人の坂倉と松下製菓の人々も共に並んで、集合写真を撮った。  それは、坂倉が胸元に掲げているセピア色の写真の構図、さながらだった。  これを機に月島屋と松下製菓は今後の交流を約束して、バスは名残惜しくも出発する。  工場の前では、坂倉をはじめ従業員が手を振って、バスが見えなくなるまで見送ってくれたのだった。
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