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おうちに帰るまでが旅行です
◇
「──皆様、お疲れ様でした。バスはあと10分程で月島屋本店前に到着します」
律の静かめのアナウンスに、皆がごそごそと起き出した。
観光バスの大きな窓の外はもう薄暗く、見慣れた街の外灯に明かりが灯り始めている。
皆さすがに疲れが出たようで、車内は大半の人が眠りについていた。
子供たちは母親にもたれ掛かり、さおりは元彼に寄り掛かって眠っていた。きっともう『元』ではないのだろう。彼氏に揺り起こされて、眠そうにしている。
うとうとと大介の肩を借りていた千代が、すっと顔を上げた。大介は、眠らなかったようだ。
運転席近くのガイド席に腰掛けていた律は、皆が起きたのを確認して、改めて頭を下げた。
「皆様、お疲れ様でした。このたびのご旅行は、いかがでしたでしょうか。皆様のご協力のもと、無事に行程を終えられましたことに心から感謝を申し上げます。ご一緒させていただけて、私もとても楽しい2日間でした」
すぐ前の席で、千代が優しそうに頷いていた。
「これから皆様はまたお忙しい日常へと戻られますが、旅は心の休息と申しますので、ぜひまたご旅行にお出掛けください。その際には、地域密着型のサクラトラベル、どうぞよろしくお願いします」
観光バスが交差点を曲がると、月島屋本店が見えてきた。
「お忘れ物ございませんように。おうちに帰るまでが旅ですので、このあともどうぞお気を付けてお帰りください」
皆がごそごそと荷物をまとめ出す。
バスがゆっくりと、月島屋本店の前に停車した。
旅が、終わる。
「ももっち、ありがとう! 楽しかった!」
ふいに、さおりが手を叩く。
すると、あちこちから自然と拍手が起こった。
「桃瀬さん、お疲れ様でした。ありがとうね」
千代が律に、頭を下げる。
「桃瀬くん、ありがとう。お疲れ様」
大介が微笑む。
思い掛けず大きな拍手に包まれて、律は何だか胸が詰まった。
そんな中、皆と共に拍手をしていたさおりの彼氏は、何やらしたり顔で律に向かって頷いていた。……ん? いや待って、だから違うよ? ちゃんと説明したのか、さおり。
……いや、説明したらだめだ、何も言うな。
律は停車したバスの前方で、立ち上がった。
充実感と、ちょっぴりの寂寥感を胸に吸い込む。
「月島屋さんの、今後ますますのご発展と皆様のご健勝を心よりお祈り申し上げます。ご案内はサクラトラベル、ご縁をいただきました添乗員は──桃色桃瀬でした! ありがとうございました!」
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