77人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
「ああ、朔だな」
「あら、宮原さん?」
女性が、嬉しそうに立ち上がった。
インターフォンに向かう大介より先に、パッと飛びついて応答する。
「こんにちは! お待ちしてました、どうぞ」
「おいっ」
さっさと解錠する女性に、大介が顔をしかめる。先程律が来た時も、おそらく似たような状況だったのだろう。
程なくして部屋のインターフォンが鳴ると、我先にと玄関に向かう女性に、律は肩を竦めた。
話し声がして、やがて女性と共にリビングに入ってきた宮原は、律をちろりと流し見た。分かってるな? の合図だ。
律が小さく頷くと、その後ろからひなたが白いケーキの箱を大事そうに抱えて入って来た。あ、今回のサプライズはケーキだ。
「……大ちゃん、これ、冷蔵庫に」
宮原の後ろに隠れきれていないひなたが、こっそりと大介に耳打ちする。
うん、見えてない、見えてない。ひなた先輩、ありがとう。
すると、女性がぱっと手を差し出した。
「あら、ケーキね! ありがとう!」
「っ、」
ひなたが、びくりと身を引いた。
「ここのパティスリー、美味しいのよね! さすが宮原さん」
ひなたの顔が、みるみる歪む。
大介は、さっとケーキの箱を冷蔵庫にしまった。
「……大ちゃん。この人誰?」
ひなたが、珍しく低い声を出す。
「あ、すまないな。この人は、」
「里佳子です! 初めまして。大介の婚約者です」
「っ、」
──ああ、やっぱり。
律は、手をぎゅっと握った。先程からじくじくと痛んでいた胸が、ぐさりととどめを刺されたようだった。
「え?」
ひなたは驚いて大介を見る。
大介は、ため息をついた。
「もうとっくに婚約者じゃないだろう、何を言ってるんだ」
あれ? やっぱり婚約は解消しているのだろうか。
「だから、謝ってるじゃない。あのことはもういいのよ。ねぇ宮原さん、こちらは?」
「僕のパートナーの、ひなただよ」
「パートナー……そうね、そうだったわね。よろしくお願いします」
無意識だろう、里佳子の体がほんの少し、ひなたから引いた。
こういう反応には、律も覚えがある。
月島屋アルバイトのさおりのように、理解のある人ばかりではない。
最初のコメントを投稿しよう!