104人が本棚に入れています
本棚に追加
「それに、今日はいきなりで悪かったと思ってるわ、ごめんなさい。でも本当に困ってたのよ、それで大介のことを思い出して」
里佳子はここから近い駅で、足止めを食らっていたそうだ。……たまたまか、狙って来たのかは知らないが。
「それに……こんなことでもないと、大介、会ってくれないじゃない」
あ、後者だ。狙って、来たんだ。
「どうしても話を聞いてもらいたくて……宮原さんたちが来るって、知らなかったから」
どうやら里佳子はこれまで何度か連絡を試みるも、大介から相手にされなかったようだ。
話しながらみるみる元気が無くなっていく彼女に、律は複雑な気持ちになった。好きだった相手に顧みられなくなる気持ちは、痛い程、分かる。
「悪いが、会う必要性が分からない。もう済んだ話だし、蒸し返すつもりもない」
大介がはっきりと言い放つと、彼女の体がぴくりと揺れた。と同時に、律の体もぴくりと揺れる。
『悪いけど、もう会いたくない』
昔、彼に言われた別れの言葉と大介の言葉が、瞬時に重なった気がした。
「……本当に、後悔してるの。別れてみて、私には大介が必要なんだって、よく分かったの。お願い、もう一度私とのことを考えてほしい」
里佳子が、大介に頭を下げる。
昔の自分を見ているようで、律は胸がズキズキと痛んだ。
大介は小さく息を吐いた。
「……君は、子供好きだったよね。結婚したら子供は2人は欲しいって、話してただろ」
「っ、だから、それは……」
里佳子が周りを気にする素振りで、言い淀む。
「──いいよ。俺は、無精子症なんだ」
里佳子が、パッと顔を向けた。
「……は?」
宮原が、驚く。
「朔にも言ってなかったな。結婚前のブライダルチェックで分かったんだよ」
「ブライダルチェック?」
結婚前に疾患の有無を調べるブライダルチェックは、主に妊娠や出産に関する検査なので女性が受けることが多いが、最近は男性も受診する人が増えているらしい。
その検査で、大介は自身の無精子症を初めて知った。セカンドオピニオンも受けたが、結果は同じだった。
「俺は、子供が出来ないんだ」
「大ちゃん……」
ひなたの顔が歪む。
前に聞いた、大介側が有責の慰謝料とは、このことだったのか。
最初のコメントを投稿しよう!