古傷は忘れた頃に

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古傷は忘れた頃に

 しばらくして玄関のドアが閉まる音と共に雨音が遮断され、大介が1人で戻って来た。 「悪かったな、もう帰ったから。急にこんなことになってしまって、ほんとに──桃瀬くんっ、どうしたっ?」 「え?」  大介が、ぎょっとして律を見た。  振り返った宮原も、まじまじと律の顔を覗き込む。 「お前、何で泣いてるんだ?」 「りっちゃん?」  大介が、慌ててティッシュを箱ごと律に渡した。 「あ……」  律は自分の顔を触って初めて、自分が泣いていることに気が付いた。結構な涙が流れている。 「す、すみません。何だか人ごとに思えなくて、その」  慌ててティッシュをザクザク取って顔を拭っていると、ひなたがガタッと席を立った。  そして駆け寄り、律の頭をぎゅっと胸に抱え込む。 「りっちゃん! いいよ、泣いても。我慢しなくて、……うっ」  ひなたの喉がひくつくと、その腕に更にぎゅっと力が入った。 「……ひなた先輩?」 「うぇ、うえぇっ」  もらい泣きにむせび泣くひなたが、ぎゅうぎゅうと律の首を絞める。 「あ、苦し、ちょ、」  ごそごそと何とかひなたの腕を解くと、ドス黒い笑みを浮かべた宮原が、律の頭をわし掴みにした。 「……てめえ、何してやがる?」 「えっ! いえ、何もっ」  どちらかと言えば、してるんじゃなくて、されている。 「いっ、いたた、痛いっ」  宮原の指が、ぐりぐりとこめかみに食い込む。 「うえぇ」 「ひなた、おいで」  ひとしきり律の頭に指を食い込ませた宮原が、ぽいと投げるように手を離した。揺れた頭がじんじんと痛む。酷い。 「大介、ちょっと奥の部屋借りる」 「ああ」  宮原は、ぐすぐすと泣いているひなたを抱き寄せて、リビングの奥の部屋の扉を開けた。  そして振り返り、律をぎろりと睨んでから部屋に入り、扉を閉めた。  え? いや、僕が泣かせたんじゃないよ?
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