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 セフレでも作ったら?  律子(りつこ)はティースプーンでコーヒーを回しながらいった。  驚いた顔の沙耶香(さやか)を気にもとめず 「人生いっかいきりだよ」  当然のように言い放ち、コーヒーを一口ふくんだ。  人生一回きりだよは、律子の高校のときからの口癖だ。 「でも……」  そんな簡単に身体の関係だけの相手なんて作れないよ。心のなかでつぶやく。  二人が高校生のとき、律子の母親が不慮の事故で亡くなった。  それから律子は人生観が変わったようだった。  大学卒業後、沙耶香は就職したが、律子はバックパッカーになった。  およそ十五年たった今も、律子は独身でフリーライターなどをしている。  専業主婦の沙耶香には憧れの羨ましい存在だ。  律子はバッグから名刺大の紙を取り出すと 「これ興味あったら」  テーブルを滑らせて沙耶香の紅茶のソーサーの脇に置いた。  律子の爪は艶のある黒いネイルに(ゴールド)のラメが綺麗だ。  沙耶香は自分のそっけない指先を隠すようにして「うん……」と、名刺を手に取った。  真っ白な横型の名刺の中央にグレーの文字で『Dry Flower』と書いてある。 「そこ紹介制で、セフレ専用のサロンなの」  こともなげに言って、律子は窓の外に顔を向けた。 「そんな、サロンがあるんだ……」  性欲を解消したいだけの男女の集まり。  破廉恥な妄想に沙耶香の顔が曇る。  律子は涼しげな顔だ。 「……律子も使ってるの?」 「わたし? 使わない。必要ないし」  そうよねと、沙耶香はすこしホッとした。 「今は決まった彼はいないけど、デートの相手に不自由してないし」 「あ……」  そういうことか。律子は高校時代から彼がいた。自分は社会人になって初めて男性と付き合った。夫が二人目の男だ。律子とは見てきた景色があまりに違う。 「そこ、女は人妻が多いのよ。セックスレスで悩んでる人がそれだけ多いってことね。夫婦で通うセラピーとかあるよね」 「うん」 「セラピーもあれば、そこみたいな選択肢もあるってことじゃない? 旦那とコミュニケーション取れてればセラピーもありだろうけどさ、必ずしもそうじゃないだろうし」  沙耶香は思いもよらぬ提案に、しみじみと名刺に目を落とした。
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