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普段の足は電車が中心で、ほとんど利用したことはなかったが、沙耶香は地元のバス停から始発のバスに乗った。
こんなところに無農薬専門店やペットショップがあったんだ。
住んでみたい洒落たマンションやセンスのよい美容室。
車窓を流れるちょったした発見に子どものように夢中になっていると、三十分ほどで目的の街についた。
スマホの地図を頼りに足を進め、国道沿いのマンションを見上げる。
昭和を思わせるオフホワイトの外壁に黒々とした蔦が絡まっていた。
予約の時間まで五分を切り、どうしようかと迷っていると、エントランスから出てきた老夫婦が、沙耶香に会釈をして通り過ぎた。
沙耶香は気まずくなり、会釈を返すとマンションからすこし離れた。
律子に名刺をもらってからおよそ一カ月が過ぎていた。
夫婦関係が途絶えて何年たつだろう。
最後がいつだったのか、憶えてもいない。
もともと奥手の陽一は、もはや私を女じゃなくて友達みたいに思っている。
ネットで調べたら、驚くほど多くの女が夫婦生活に悩み、浮気をしていた。
自分だけがこのまま年を重ねて枯れてゆくのは嫌だ。
セフレ専用のサロン。
さすがにいかがわしいし怖さもある。
頭ではそう思ったけれど、日が経つごとに興味がふくらんだ。
話を聞くだけなら後ろめたくはない。
沙耶香は思い切ってエントランスに足を踏み入れた。
エスカレーターで三階に上がり、国道に面した外廊下を右に進むと、目的の部屋があった。表札には部屋番号だけ。
古めかしい重そうな扉の脇で、沙耶香はまだ迷っていた。
もう予約の時間を三分過ぎている。
ひとつ息を吐き、綺麗にネイルした指先で呼び出しボタンを押した。
インターホンから男の声がして、名前を告げると、どうぞ、と返答があり、ガチャリと内鍵が開く音がした。
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