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広めの室内は薄いブラウンのフローリングで、壁にはどこか海外の風景画が飾ってある。
部屋の角の空気清浄機が静かに風を送り、シックなサイドボードの上で淡い色のドライフラワーが揺れていた。
「どうぞおかけください」
出迎えてくれた男にうながされ、はい、と沙耶香がソファに腰掛ける。
男も斜め向かいに腰を下ろした。
「朝井です、よろしくお願いします」
「西田沙耶香です。よろしくお願いします」
それとなく、朝井の全身を観察した。
綺麗な二重にすっきりした顔立ちで、ツーブロックの黒髪は清潔感がある。Tシャツの袖から伸びた二の腕はほどよく筋肉質で、デニムの膝下が長かった。
「西田さん、藤原さんから詳しいことは聞いてますか?」
「あ、いえ……」
わかりました、と朝井は、サロンの説明をはじめた。
会員は完全紹介制で秘密厳守。利用料も不要で入退会も自由。プロフィールを見て気になった相手がいれば会が仲介し、話がまとまればデートに至る。
沙耶香が思っていたような、いかがわしい感じはなかった。
「じゃあさっそくですけど……」
朝井はテーブルの下からタブレットを取り出し、沙耶香に画面を向けた。
縦に男の顔写真が並び、その横が名前だ。
朝井が指先で画面をタップする。艶々した爪がきれいだ。
「参考までに、これ僕のプロフィールです」
タブレットを受け取り目を落とす。
「圭吾さんなんですね……え? 三十九ですか?」
「はい。わりと若く見られます」
夫と同い年とは思えなかった。
「よかったら男性会員のプロフィールをご覧になってください」
二十代から六十代までの学生や医師、経営者など様々な男のプロフィールが並んでいるが、沙耶香はページを戻して、朝井圭吾のプロフィールに目をやった。
「僕は昔、歌舞伎町でホストやってたんです」
「え?」
思わずタブレットから顔を上げる。
「その店に美容で財を築いた資産家のマダムがいて……そのマダムのおかげでナンバーワンになれたんです」
元とはいえ、ホストと話すのは初めてだ。沙耶香は興味をそそられた。
「でもその人、いつも寂しそうで。寂しさを埋めるためにホストクラブで散財してたんです。僕のバースデーで一晩に三千万とか」
「三千万?」
目を丸くする。
「マンション買えますよ」
「そう。異常でしょ。でも、それがだんだん普通になる。僕も麻痺してた。お客様も競い合って湯水のように金使って……これ僕です」
朝井圭吾がスマホの画面を向ける。
茶髪のロン毛にスーツの男がシャンパンタワーの前で高そうなボトルを両手に笑っていた。
「朝井さん、今は……?」
「ええ、足洗ってます。そのマダムが死んじゃって」
「え?」
「重い病気で四年前に……亡くなる前に、僕に、本当の意味で淋しい女性の助けになるような場所を作ってくれって、莫大な資金を託してくれて」
「じゃあそれが、ドライフラワー……」
朝井圭吾がうなずく。
「彼女はご主人もお子さんもいて財産もあって、はたから見ると何不自由ない成功者だった。だけど、家庭は壊れてて、なんか、可哀想な人でした。高い酒を何杯飲んでも心は乾いたまま……」
心は乾いたまま……
自分のことを言われたようで、沙耶香は胸がきゅっとした。
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