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翌日。
沙耶香は久しぶりに律子と会っていた。
窓ガラスから射す日差しは、三カ月前よりもやわらかい。
「なに律子、話って」
律子が紅茶をティースプーンで回す。
「お腹にね、赤ちゃんいる」
「え?」
沙耶香は驚いてカップをソーサーに戻した。
「子どもできたの?」
「うん、できた」
すこし間をおいて
「おめでとう律子」
と言ったものの、内心は複雑だった。
「産むんでしょ……?」
「もちろん。籍も入れることになった」
「え! そうなの? ちよっと、びっくりさせないで!」
「ハハ、ゴメン、そーだよね。でも、授かっちゃったし」
紅茶を飲む律子の爪は、マニキュアに変わっていた。
「お相手は? どんなひと?」
律子がスマホをタップして、画面を沙耶香に向ける。
「あ……海外の……」
「そうなの。じきに私も渡航するの」
「え? 移住するの?」
律子がうなずくと、沙耶香の胸に言いようのない寂しさがよぎった。
「……律子らしい。ほんとにおめでとう」
「ありがとう。人生一回きりだしね」
律子はポットの紅茶をカップに注ぎながら、思い出したように
「そういえば沙耶香、サロンは行ったの?」
「え? あ、うん……話だけ聞きに行ったけど……」
「まあそうよね。沙耶香には異世界すぎたか。もしセフレできたんなら、体験談を記事にしようと思ったんだけどね。この手のネタってビュー稼げるのよ」
「もう! 私モルモットじゃないから」
ごめんごめんと、律子は顔の前で拝んだ。
律子と別れても家に帰る気がしなくて、沙耶香は途中の公園に足を向けた。
木のベンチに腰を下ろす。
秋の陽だまりに身を委ねていると、子どもの笑い声が聞こえてきた。
若いママがブランコの背中を押すと、金具がガシャんと鳴り、きゃっきゃと子どもがはしゃぐ。
結婚したときに思い描いていた自分がそこにいた。
なぜ赤ちゃんは自分じゃなくて、よりによって律子を選んだんだろう。
律子はママで自分は不倫に夢中だ。
しかも律子はあっさり海外に行ってしまう。
律子が不貞のきっかけを作ったのに、彼女だけ幸せになるなんて酷い。
一人取り残されたような孤独に、沙耶香は声を殺して泣いた。
手のひらで頬の涙を拭うと、スマホを開いて圭吾にメッセージを送った。
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