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第21章 こんにちは初恋
「…猫。いませんねぇ」
「いないねぇ…」
秋も深まって、やや木枯らしが肌寒く感じられる季節。わたしと神崎さんは二人して、路地裏や公園の茂みの周りをうろついてひたすら猫だまりを探し回っていた。
「この辺によく猫が何匹も日向ぼっこしてるって。聞き込みで確認したのになぁ…」
神崎さんがため息をついて、視線を小さな公園のあちこちの隅に走らせながらぼやく。わたしは頷き、屈んで未練がましく躑躅の植え込みを下から覗き込んで応じた。
「日向ぼっこっていうには日差しが少ないからかな、今日。快晴とかぽかぽか日和って言うには、ちょっと薄曇りですもんね…」
植え込みの葉っぱの陰に何かあるようにちらちら見えてたのは空き缶とコンビニのビニール袋だった。
拾って片付けるべきなのかもだけど。例え小規模なこじんまりした公園とはいえ、一旦ごみ拾いなんか始めたらきりがない。わたしはそれを見なかったふりで立ち上がり、身体の向きを変えて広場の脇にある林の中の遊歩道の方へと足を運んだ。
今日はわたしも高橋探偵事務所の見習い所員として、猫探しの手助けに駆り出された。
「結局また迷い猫捜索の担当は俺なんだ…。いや、猫は好きだよ?好きだけどさぁ」
あのベンチ、陽当たり良好で人通りが少なそうな場所にあるから。物陰でこっそり見張ってたらそのうち猫がのこのことやって来ないかな?と指差して、木立の間に佇んでしばし様子を見る神崎さん。ご苦労さまです。
「…あの人、所長ってさ。本人はめちゃくちゃ猫大好きでやっぱ事務所で飼おうかなぁ、どうしよう?とかちょくちょく言い出すくらいなくせに。結局猫探しの依頼はほとんどいつも俺に任せるんだよね。そりゃ、今日に限っては。どうしても所長じゃなきゃ駄目な仕事だから、そこは仕方ないなって思うけど…」
「例のストーカーの件。…確か長澤さん、でしたね」
わたしも一緒になって、日光が降り注ぐほっこり暖かそうな木のベンチを物陰から観察しながら相槌を打つ。
ここに来てごく最初期に、見習いでついて行った盗聴器探しの件。結局あのあと、こっそり仕掛けておいた監視カメラが功を奏してめでたく…、というべきかどうか。とにかく無事に、犯人特定。という次第に落ち着いたのだった。
長澤さんの部屋に盗聴器を仕掛けた犯人は、結局高橋くんがわたしに推測してみせた通りにあのマンションのオーナーの息子だったらしい。
後日改めて長澤さん立ち会いのもと、あのとき発見された盗聴器は外された。
そのとき、わざと素人っぽく会話を交わしながら作業をして、依頼主の長澤さんの口からこれでもう大丈夫ですよね。まだちょっと気味悪いからもう少しの間友達の家に身を寄せるけど、盗聴器がなくなるんなら普通にここで生活できるわけだし。しばらく様子見て来月になったらひとまずまた戻って来ようと思ってます。…みたいなことを、聞かれてること承知であえて発言してもらったらしい。
それで、そのやり取りを聞いてた犯人は今月中に何とかして再び新しい盗聴器を取り付けに侵入しなければいけなくなった。幸い今月中はまだ避難先から部屋の主は戻って来ないと言ってるから、その間にゆっくり落ち着いて作業ができる。何といっても合鍵はいつでも自由に使えるし。
後日、事情を聞かれた馬鹿息子の親のオーナーは各部屋のマスターキーはまとめてきっちりと封印して手の届かないところに厳重に保管している。ときっぱりと請け合ったらしいが、実際には息子にとってはその程度の防御を破るのは大した苦労ではなかったようだ。
依頼主の長澤さんは定期的にうちの所員(つまり、高橋くんか神崎さん。わたしも一、二回ほど助手という立場で同行した。単品じゃ能力的にまだどうしようもないので…)と一緒に部屋に戻って監視カメラをチェックしていたが、二週間ほど経過したある日にようやくビンゴ。そこにばっちり映っていた人物の画像を警察に証拠として提出し、不法侵入で容疑者を特定してもらったとのこと。
今日は詳しい事情聴取のために警察署に呼ばれてる長澤さんに付き添って、助言するのが依頼の内容だ。さすがにそれは一所員の神崎さんが行くよりは所長自ら赴くのが妥当だろう。…って結論になって、他の仕事がないわたしたち二人がこっちの任務に回された。って次第。
「…まあ、仕方ないよ。俺とか見るからに若いから、依頼主と一緒に警察署に同行しても弟か?くらいにしか見られないだろうし。横から口挟んでも多分、まともに取り合ってはもらえないんじゃないかなぁ…。あの人も別に外見は老けてないはずなんだけどな。なんか謎の落ち着きというか。貫禄があるよね、何故か」
しばらく見守っててもやっぱり猫が来ない。と痺れを切らし、薮の陰から出てまた公園のそこここをうろうろと彷徨い出す神崎さん。
こういう物陰にいそう、と呟きながら隅っこの別のベンチの裏を覗き込みつつ弁解のように話を継いだのは。その実自分がストーカー案件を任されずに猫探しに回されたことについて微妙な思いがなくもなく、不満な思いを何とか鎮めようと自分に言い聞かせてるのかな。
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