第21章 こんにちは初恋

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「じゃあ、捜索の途中で可愛いにゃんこ見つけたら連れてきちゃう?みんなで一緒に飼って事務所の子にしようか、って言ったら。それは難しいかなって。意外にも否定されちゃった」 「ああ。…まあ、首輪してなくて外にいたからって。その子が飼い猫じゃないって言い切れないもんね。よほど赤ちゃんでよたよたしてて母猫に置き去りにされたのが明らかだとか。怪我しててそのまま置いとけない、放っといたら生命に関わる状態とかじゃないと、勝手には連れて行けないかも…」 「なるほど、そうか」 公園の門を出て周囲をぐるりと回ってみようか、とわたしを誘ってのんびり歩き出す神崎さんに呑気な口調でそう言われ、わたしは感心して頷く。 「向こうじゃ、猫は外飼いが当たり前だったから。その辺ふらふらしてる子でも勝手に連れ帰って自分ちの中だけに閉じ込めたら、みんながあの子どこ行った?って心配するよってのはわかる。こっちでは室内飼いが常識だって聞いてたけど、考えてみたら地域猫とかもいるんだもんね。やっぱり誰にも断りなく簡単に自分の家の子にはできないのか…。ああ、でも。高橋くんが今朝難渋してたのは、それとは違う理由でだったんだけどね」 彼はソファの上で大きなクッションをぎゅっと抱えて(寝るとき枕代わりに使ってるやつだ)、うーんと唸ってしばし考え込んだあと苦渋の判断、とばかりに絞り出すように答えた。 「…いや、そうすると。クロウを裏切ることになる。離れたら結局わたしのことは忘れちゃうんだね、高橋くん。って冷めた目であの子にじっと見られたらと思うと…。ああ、会いたいなぁ。あのすべすべ滑らかな背中の毛並みを思うと…。俺にとって真っ黒な猫ちゃんは世界でお前一匹だけだよ、クロウ…」 「何だそれ。てか、クロウって集落の純架ちゃん家で飼ってた猫でしょ?いやいつかはそりゃ、ちゃんと再会できる日が来るとしてもさ。どのみちこっちには連れて来られないじゃん。向こうの家族も、みんなで大切にしてるんでしょ?その子のこと」 高橋くんの言った台詞をそのまま伝えたら、案の定神崎さんは無茶苦茶呆れ返った反応を見せた。 わたしは最後に付け足されたその問いにどう説明したもんか。となって首を捻って上手く伝わる表現を探す。 「うーん。…もちろんちゃんと可愛がってるし、姿が見えなくなれば当然みんな心配すると思うけどね。なんか、何があっても絶対手許から放さない、誰にも預けたくない!っていうのとも違うような」 薄情に聞こえるかな。けど、何となく集落の人たちとこっちでとのペットというか動物に対する感覚は、漠然とだけど結構違うんだよな。と思いつつ言葉を継いだ。 「クロウは厳密にはうちの猫っていうより、集落の中じゃうちを一番気に入って通ってる。ってくらいの距離感だったからなぁ。仮によそに関心が移ってそっちに通うようになったとしても、そこでちゃんと餌がもらえてるんならまあ別にいっか、って感じ。家族みんな」 てか、うちの家族が特に皆ドライだって言うよりも。 集落の人たちにとって動物って、なんかナチュラルにその辺にいるもの。って感覚なんだよな。犬も猫も鶏も結構自由にその辺をうろうろしてて、あんまりつきっきりでべたべた可愛がったりはしない。 「だからまぁ、もしも将来わたしが無事に向こうに里帰りできることになって。集落にひょいと顔出してこの子、向こうに連れてくよっていきなり言ったとしてもめちゃくちゃ反対はされないと思う。問題はどっちかというと、クロウの気持ちだな。やっぱり集落の環境ではとにかく自由な暮らしぶりだから。今から完全室内飼いって状態に慣れられるかどうか…」 かと言って、外出自由の出入りフリーにしたら間違いなく迷子になった自分ちの猫の捜索を担当する羽目になるのは目に見えてるし。まあ、ここで覚えたノウハウを惜しげなく全て注ぎ込むことが出来るわけだから、それはそれでいいのか。いやよくはないよ、さすがに。 と、公園脇の住宅街の通りを歩きながら思案してると、神崎さんが何故かふっと微笑ましげな表情を浮かべてから、急に破顔した。 「…て、ことはさ。純架ちゃんも所長も、こっちに君んちの猫を連れてきたらそのあと二人で共同で飼うのは当然。ってのは共通認識なんだよね。ふぅん、いいじゃん。これからもずっとパートナーなのはもうナチュラルに既定路線って感じで」 「え。…いえ、だって。今現に一緒に暮らしてるわけだし」 なんか意味ありげに受け取られ、自分でも意外なほど焦る。 「別に深い意味はないですよ。だってわたし、事務所に住み込みだし。役に立ってはないけど一応見習い所員だからって理由で仕事場に住まわせてもらってるだけじゃないですか?だから、うちの猫を事務所で世話したとしても。プライベートな事情でそうなるわけじゃなくて、単に上司がそれを許可してくれるならってだけだと…。多分いいって言うだろうし」 「まあ、その猫に会いたくてしょうがないみたいだしね、あの人。でもさぁ、将来ずっとそのままってわけには。今の状況ならそうはいかないでしょ?」
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