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神崎さんは適当に相槌を打ちかけてから、ふと思い立ったように疑問を軽い調子で口にした。
「純架ちゃんがいつか一人前の探偵になって、生活も自分で全部できるようになってお金も貯まったら。自分の猫ちゃん連れて事務所を出て、独り立ちしなきゃいけなくなっちゃうんじゃないの?普通に考えたら」
「え…」
ずばりそんな風に指摘されて、わたしは思わず怯んだ。
「そっか。…確かに、高橋くんと神崎さんの好意に甘えて当たり前みたいな顔して図々しく事務所に住み込んでるけど。考えてみたら邪魔だし迷惑だよね。二人にとってはあそこは仕事場なのに」
まあ、若い女の子が職場に住み込んでて気が散る。っていうほど二人ともわたしのことをそういう目で見てる雰囲気は皆無だが。それでも、目障りっちゃ目障りだよね。居候の身分で家賃も払ってないし。
「わたしがちゃんとお給料もらってお金貯めたら、そのあとは自分で部屋借りて独立して出てって欲しいと思われてても確かにおかしくないか…。特に高橋くんの方は。本当はあの部屋、彼のプライベートな領域でもあるしね。今はわたしの行き場がないから仕方なく住処を提供してるだけなんだし…」
「いやいや、だからすぐそういう発想になるじゃん?単に筋道だけで物事を考えていくとさ」
わたしがずん、と凹んでるのを見て神崎さんは慌てて両手をばたばたとして、自分の方に注意を向けさせようとする。
「そうじゃなくて。…純架ちゃんがこっちに適応してフォローが必要なくなったら、一緒に住む名目が減るじゃん、所長と。そうなる前に二人の関係をなるべく早くはっきりさせといた方がいいよって言おうとしたんだよ。あの人ああ見えて意外ともてないこともないしね。ま、依頼人や同業者に結構あからさまに好意示されても。あんまりちゃんと反応してるとこ見たことないんだけどさ」
「…そうなの?」
台詞の前半、わたしたちの関係を早めにはっきりさせたら。ってアドバイスにいやいや、彼とは本当に全然そんなんじゃ…って思いっきり謙遜して否定しようとしかけたのに。後半のあの人意外ともてる、のフレーズに不意を突かれてついわかりやすく反応してしまった。
神崎さんはそこでほらぁ、やっぱり純架ちゃんって所長のこと好きなんじゃん!怪しいと思ってたんだよなぁ。とか鬼の首を取ったみたいな態度は取らなかった。いかにも能天気そうな見た目に関わらずやはり配慮があるというか、弁えてる人だ。
だけど全く驚く風もなく当然のように、わたしが高橋くんに並以上の好意を持っているってこと前提の上でするりと話を重ねてきた。
いや、この流れでわたしの彼に対する気持ちは、完全に既定路線みたいな扱いになっちゃったのでは…。ここでもっと強めに否定しとくべきかどうか。と内心では悩ましい思いであったが、神崎さんが声をひそめて身を乗り出し、さらに打ち明けてくる話の内容の方が気になってしまって。とりあえずは何もかもが後回しになる。
「うーん。どうしてああいう人がそこそこ女の子に意識されるのか、俺なんかにはわかりにくいんだけどさ。特別イケメンとか美形ってわけでもないし、なのに全然自分から積極的にはいかないし。けど、もしかしてそこがいいのかなぁ。気さくに接してくるけど案外礼儀正しくて距離感適正で、余裕があって自分からがつがついかない男って、女の子からするとむしろ安心感あって信頼できるとかなのかも。どうなんすか、当事者として?その考察で合ってる?」
「え?…いや、どうなんでしょう」
いきなりこっちに振られて、まだろくに覚悟の決まってないわたしはうろたえてわたわたする。
「自分がそういう女の人たちと同じ、とまではいってないから…。ていうか、やっぱり依頼人の女性とかから好意を示されるとか。なくもないの?彼の方からはいかないんでしょ、基本的に。あと、同業者の人って何?」
気のないふりして弁解するのと、さらに詳しい話を聞きたい気持ちがごっちゃになって不自然に前のめりになって食い下がる。神崎さんはわたしの照れを正面から突くことはせずに、公園の周りを周回しながら辺りの路地に素早く視線など走らせつつも素直にこちらの問いに答えた。
「うちの事務所は純架ちゃんを除けば俺と所長だけだけど。人数必要な案件を受けたときとか付き合いのあるもっと大きな事務所の繁忙期なんかに、人員を借りたり貸し出したりすることがあるんだよ。ほら、あの人は数年前にそこそこな規模の中堅事務所に勤めてて独立したからね。そっちと今でも提携関係にあるわけ。で、そこには女性の調査員が何人かいる。てかね、いないと実際不便なんだよね。これが」
なんかうちの事務所に対する神崎さんの個人的な愚痴っぽくなってきた。
「女の人じゃないと行けないところもあるし、男だけで歩き回ってると悪目立ちするとこなんていっぱいあるよ。うちが基本的に浮気調査受けないのはそのせい。ホテル街とかデートスポットなんて、野郎単品とか二人組でうろうろしてたら注目浴びちゃってかえって警戒されるからね。少なくとも自然に風景に溶け込めない」
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