第21章 こんにちは初恋

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一体過去に何があったのか、思い出したくないことが不意に頭に浮かんできたみたいに口許を曲げる。 「それにストーカー被害の相談なんかも、できたら女性探偵が立ち会ってくれた方がいいんだよ。俺も所長も男としての圧は少なめな方だと思うけど。それでも異性だってだけで反射的に萎縮する女性依頼人もいるからね」 ああ、そうか。…男性に怖い目に遭わされた体験を直前にしたばっかりとかなんだもんね。 それで、外での面会のときはともかく。長澤さんのお家にお邪魔して作業する必要があるときなんかは、高橋くんはなるべくわたしを同行するように気をつけてたんだな。見習いの研修のため、ってだけでの理由ではなかったんだ。 ふむ。と頷いて考え込んでるわたしに気づき、神崎さんは笑ってフォローを付け加えた。 「これからは純架ちゃんがいるから。そういう面では俺たちもだいぶ楽になるだろうね。まあ浮気調査、本気でやりたいかどうかというと…。所長の方針というか好みもあるし、これからもあまり積極的には受けないかもだけど。でもそういうわけだから、今までは提携関係にある探偵事務所と交流があって、同業者の女性と一緒に仕事する機会もあったわけ」 神崎さんはちょっと首を傾け、視線を宙に泳がせて記憶を脳裏に呼び起こしてる様子だ。 「そういうとき、うん。…所長は何度かそこそこ好意的な水向けられてたことあったな。大体やんわりスルーだったけどね。気がついててあえてなのか、単に鈍いからなのか。いちいちこっちも確かめはしなかったけど」 「本人は性的指向は女性に向いてるって明言はしてたけど…。神崎さんから見てその辺、どう?実は言うほど異性とか恋愛に興味ない人なんじゃないですか、そもそも?」 つい真剣になって食い下がる。いや、この人に談判しても。しょうがないっちゃしょうがないんだけど。 集落にいる頃からずっとわたしと接してるとき、まるで異性を意識してる波動を感じ取れなくてもしかしてまじで女の人が恋愛対象じゃない人?それとも、男性女性関係なく誰にも恋愛感情や性的欲望を感じられないアセクシュアル系?って疑念をかねてからうっすら感じてた。 でも、こないだ思いきってちょっとだけいい雰囲気になったときに勢いで改めて尋ねてみたら、そんなことない。普通に女の子が好きだよって言ってたし。 だとしたらわたしが彼にとって子ども過ぎるか、あまりにも好きなタイプとはほど遠くて全然魅力を感じないか。…どっちだとしてもこれはなかなか切ない話だなぁ、と何とも言えない気持ちになってたとこだったのに。 わたしのやけに真剣な様子にも、ほらやっぱり。そんなことないとか言い張っても結局所長のことが好きなんじゃん!とか、勝ち誇ったように突っ込んでこない神崎さんは、若さに似合わず実によくできた人格者だ。と重ねがさね思う。 彼はまるで茶化す気配もなく、うーんと腕を胸の前で組んでちょっと思案する顔つきになってしばし沈黙した。 「…どうなんだろうなぁ。ちゃんと学生時代には彼女もいたよって言い張ってたけど、俺も実物を見たわけじゃなし。事務所に就職してからあの人が誰かと付き合ってるとこ目撃したことはないんだよね。あの部屋、所長の自宅なのに。これまで女の子の気配ゼロ」 「そうかぁ…」 わたしも思わず腕を組んで考え込む。ちゃんと女の子が好きだよ、俺は普通の男だから!ってただ口で言ってるだけかもってことだよね。まじで、アセクシュアル? 「他事務所の同期の女性探偵とか、依頼が完了したあとも何かと積極的に個人的に連絡を取ってきたお客さんとか。結構綺麗だなとか割と可愛いじゃんって女の人に押されてるのも何回か見てきたけど、なんか概ねのらりくらりとかわして済ませてるって印象だったね。ああいう人タイプじゃないんすか?ちょっといい感じだったじゃないすか、ってそれとなく話振ったこともあったけど…。うーん、なんか。俺なんかには勿体ないよとか、そういう感じで適当に濁されたな」 「謙虚?コンプレックス?…いや。そんなわけないよね」 わたしも一緒になって考え込み、首を捻る。 「女性一般に対して極端に気後れするとか、自分に自信がなさ過ぎて前に出られないとか。接しててそういう人だって印象は全然ないなぁ…。むしろ、めちゃくちゃ余裕あって常に自信に満ちてない?大抵のことは自力で何とかできるって自負みたいなの感じるよ。そんな中で女の子だけは特別苦手って風にも見えないし…」 わたしといるのは気楽だけど、サルーンみたいな場所であからさまにちやほやべたべたされるのは閉口するって言ってた。 「単純にわたしには女性としての魅力が全然ないから、同性といるのと同じで気を使わなくてよくて楽なのかなぁと思ってたけど。わたしの妹とか、向こうでも何人か異性と接してるとこ見たけど落ち着いた態度でいつもそつがないんだよね。長澤さんとか顧客の人といてもゆったり構えてて安心感あるし」 とりとめもなく喋りながら、ふと思い当たったことをぽろりと口にする。
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