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 純平は再びスマホの時計表示を見てはいたが、先ほどまでのような少女を心配する心境は、かなり収まって来ていた。恐らく少女は人並外れた高い心肺能力を持っていて、少女自身も自分がどれだけ潜っていられるかを熟知している。たぶんおおよそ5分を目途に、海面に上がろうと決めているのではないか。  ならば見ているこちらも、特に慌てるようなことはない。5分以上経っても上がって来ないようなら、そこで心配すればいいのだ。そしてその通り、今度も4分半を過ぎたくらいのところで、少女は海面から顔を見せ。そして、その場で少し立ち泳ぎをしながら、純平の方に右手を出して見せた。  それは最初、自分に手を振っているのかなと、純平は思ったのだが。よく見ると、右手に小さな貝を持っているのがわかった。親指と人差し指で挟むようにして持っているその貝は、特に珍しい種類のものではなく、いわば海岸などで見かけるものとしては、「ごくありふれたもの」にも思えたが。少女にとっては「それ」こそが、何度も飛び込んでいた目的かもしれなかった。  それが証拠に、自分が手にした貝を、純平が確認したのがわかると。少女は再び海中へ姿を消し、そして今度は時間を置かずにすぐに海面へと浮上してきた。その時にはもう、少女は何も手にしていなかった。恐らく持っていた貝を、「もとあったところ」に置いて来たのではないか。純平には、なぜか自然にそう思えた。  少女の目的は、海中にいる珍しい貝などを収集することではなく。自分がそれを見つけ、手にしてみること。それだけが目的で、ああして何度も飛び込んでいるのではないか。「それに何の意義があるのか」などと、問うことはしまい。10代の頃は、特に小中学生くらいの頃までは、そういった他人から見たら「意味のないこと」に、夢中になってしまうものなのだ。  子供の頃に大事なものを入れておいた「宝箱」を大人になってから開けてみると、ガラクタみたいなものばかりだったというのもよくあることだ。しかしそのガラクタを見るだけで、「あの頃」のことが鮮明に蘇り、胸が熱くなるような、そんな大事な「宝物」。
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