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 航己はその名前が示す通り、船乗りの息子として生まれ、自分も父親と同じく漁業の道を歩もうと決めていた。だが、コロナ禍により町が危機に陥っているとわかり、内陸での勤務に仕事を変え、我が町を救うために青年団の代表となって、その活動に精を出していた。  そんな航己だったから、海辺の町の景観をガラリと変えてしまうようなレジャーランド化計画に、猛反発するのは当然と言えた。純平は会社から渡された資料で、地元民の代表として「対話の場」に出席する者のリストを見て、そこに「青年団代表 松田航己」という同級生の名前を見つけ。懐かしい思いに胸を熱くすると同時に、いたたまれない思いでいっぱいになっていた。 「対話の場」に自分が出席すれば、自分と航己とは、間違いなく「敵と味方」の関係になる。高校時代は本当に、航己や他の友人とつるんで「馬鹿をやった」と言える間柄だったのに。そして航己は何より、故郷を離れて都会へ出る決意をした自分に、「やれるだけやってみればいいさ。お前なら出来ると思うよ。まあもし万が一、都会で上手くやっていけないようだったら、その時は帰ってくればいい。お前の仕事くらいすぐに見つけられるように、俺もここで出世しておくからさ」と、快く送り出してくれた当人でもあった。  そんな「昔からの大事な友人」に、今は痛烈な皮肉を浴びせられる立場になっている。自業自得とはいえ、純平は自分がそんな境遇になったことを、改めて実感していた。そしてそれを危惧して、純平は出来れば皆が働いている時間内に、ホテルに帰ろうと思っていたのだが。少女との出会いで予想以上に岩場に留まってしまい、恐らく仕事を終えたのであろう航己と遭遇することになってしまったのだった。それもまた、純平の「自業自得」ではあったのだが。  何も言い返さず黙ったままの純平を見て、航己は「はあ」とため息をつき。「こんな風にお前と話すことになるとはな……」と独り言のように言いながら、純平への想いを語り始めた。
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