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 いわばこの場での純平の役割りは、「地元出身者を企業側が主要な役職に就けている、それだけ地元のことを考えている」ということをアピールするための、「飾り物」に過ぎなかった。地元の人々と対話の場を設けると聞いた時は、これで少しも事態がいい方向に……などと、あらぬ夢を見ていた純平だったが。部長から直々に、「お前はいるだけでいいからな。余計なことは一切喋らないように」と固く言い聞かされ、自分の甘さを思い知らされる結果となっていた。  純平は自分のそんな立場を知って、いっそうやり切れない思いに駆られ。両親の住む実家に帰ることなく、町の外れにある安いビジネスホテルに宿を取ることにした。お偉方の皆さんは、すでに傘下に入っている町でも有数の高額ホテルに、ほぼ貸し切り状態で宿泊しているが。そこに「一緒に泊る」のも気が引け、実家に泊るからと言い訳をして、別の場所に泊っていたのだった。  しばらくの間、胸の内にこみあげる色んな思いに捉われながら、防波堤の上に立っていた純平は。「ふう」と再びため息をつき、防波堤を左手の方向に歩き始めた。少し歩くと、コンクリの土台が途切れ、ゴツゴツとした岩場が見えて来る。  小さい頃は、足を滑らしたりしたら危ないからと「子供は立ち入り禁止」と言われていた場所だったが、逆にそう言われていたことで、子供たちにとっては「勇気を示す場所」だと考えられていた。誰が一番、「高い岩」まで速く行けるか。潮が満ちて足元に海面が近づいて来ても、どれだけ岩の上で我慢できるか。いま思えば本当に些細な意地を張り合っていたんだなあと思えるが、あの頃は自分なりに真剣だったよなと、岩場が見えて来るにつれ、純平は仄かに胸の奥が「じん」と熱くなるような感触を覚えていた。  岩場にたどり着き、純平は子供の時以上に慎重に、ゴツゴツとした岩の上に足を降ろした。あの頃より大人になった分、「怖さ」が増しているのかもしれない。まだ世間知らずな子供だった時は、ある意味最強の「怖いもの知らず」だったのかもな、などと考えながら。
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