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店子
「益重さーん、先月と今月の家賃くださーい」
小松荘。
私のおばあちゃんの貸アパート。取り立ての仕事成功報酬一軒辺り一万。
お金の無い文系大学生の私にとって交通費がかからない上に食事までついてくる条件はかなり嬉しかった。
だが、現実はかなり厳しい。確かに気配はあるのに、取り立てに行っても出てこない。一個一個のポストに取り立ての紙をいれた。
「最後通告、家賃を支払わない方には出て行ってもらいます」
水色の紙にピンクの装飾、星がプリントされた。緑文字のチラシ。これを見たら払ってくれるに違いない。
「あんたに任せた私が馬鹿だった」
「なんでよ、婆ちゃん」
「こういうのはこう書くの!」
白い紙に赤文字で三日後に払わないと出ていけと書いてあった。
「全然、きれいじゃないじゃん」
「小遣いはやるから、明日から来なくていい」
と、言われても冬休み他に行くところはない。婆ちゃんはやれやれと言って、五号室の益重は取り立てやすい三日以内に取り立てたら三万だ。
ということで取り立ている。
「益重さーん、いるの分かってますよ」
こういうのは時間勝負さ、どれだけ粘れるかだよ。
可愛いと思って着て来た。薄手の服もここでは役に立たない。ペタンと廊下に座り込みため息をついた。
「おい、お前。おい」
揺らされて目を覚ますと寒かった。
「馬鹿だな。あんなところで寝たら凍死するぞ。待ってろ、高校の頃のジャージがあったから着ろ。気に入らないなら取り上げだ」
「着る着ます」
着てもこの部屋は寒かった。
「ガス止まったからな。電気は来てるからこれ飲め」
「あつっ」
「そりゃ熱いココア飲んだらそうだろ。あのピンクの紙アンタが書いたのか」
「そうよ。きれいで見やすかったでしょ」
「キャラなら止めろ。キャラじゃないならもう来るな。飲んだら出ていけ」
優しくされて少しドキドキしたのになんて冷たいやつ。
「あんた惚れたんじゃないんだろうね」
「別に」
「惚れやすくて頭が悪い。あんたが孫じゃなかったら、捨てたね。もちろん冗談さ」
婆ちゃんは性格が悪い、でも益重カッコよかったな。
「益重さーん、払ってください」
「来るなって言っただろ」
「大家なんで」
「分かったこれ持って行け」
封筒を差し出した。
「これ家賃だ」
「ほんと?」
「だから来るな」
婆ちゃん、家賃だよ。そう差し出したら開けてみた。
「なんで図書カードなの?」
「悪い頭を図書で良くする」
「ひどーい」
「家賃二ヶ月分六万円から三千円とお守代一万円であっという間に四万七千円」
ムカつくムカつく。
「そんな嫌な顔をするなって」
大人しく頭を触られた私にもむかつくし、そこが熱くなった私にもむかつく。
「明日バイト代が出る。大家の部屋にいれていくよ。じゃ、もう来るなよ」
次の日の夕方、婆ちゃんが病院でいなかったので、私は管理室の番をしていた。
「いいかい会ってはいけないよ。あれは堅気じゃないって分かったんだ。アンタに行かせない方が良かったね」
会えるかもしれない、会っても最後かもしれないと思っていた。足音とポスッと音がして、慌てて管理室から出た。
さっきまで気配がしたのに誰もいなかった。いや通りに大きなバンが止まっていてそこにあの人が乗り込んだ。待ってよ、行かないでよ。また頭に触れてよ。
追う私と離れる車。私は誰にも聞こえない悲鳴と言葉を漏らした。
「きみのことがすきなの」
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