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幼馴染
「ケンちゃんさ、大阪行くの止めなよ」
「またその話かよ」
知子は危なっかしく防波堤の上を歩いている。いつでも落ちてもいいように隣で警戒している。
「ここもいい町だよ」
「産業が漁業しかない」
「魚が美味しいよ」
「スタバがない」
「電車に乗って隣の県に行けばあるよ」
「ハロハロ食ってみたい」
「あ、それはね。隣の県に行くしか」
「ソフトクリーム食べてみたい」
知子がふらついた。
「あぶね」
「おっとっといとい」
さすがに海の方に落ちると怪我をする。俺は防波堤に飛び乗った。
「ちょちょっ、といとい」
知子の体を支えた。
「ケンちゃん、止めなよ。大阪に行ったら生魚、美味しくないよ。大阪に行ったらこんなに緑、無いよ。高校の友達とも会えないし、電車でわざわざスタバに行って暑い中歩いたり、駅で一緒に過ごせたりしないよ。幼馴染でほとんどお互いを知っている存在なんてここしかないよ。落ちる幼馴染を防波堤に飛び乗って助けることも出来ないよ」
「それでも外を見てみたい」
知子は防波堤を降りた。
「いやー、さすがに高校生になると衝撃が来るね。私はここでどうなるのかね。嫁入りか婿入りか」
「もうこの辺はそんな古風じゃないだろ」
「若い人はみんな出て行くから」
恨みがましい視線が突き刺きささった。
「知子も出ればいいだろ」
「そんな簡単に言うけどさ、私ここで足りているんだよね」
ヨッと言ってまた防波堤に乗ってきた。俺の目の前をゆっくり歩く。
「外なんて学校行くのに電車乗ればいいし、遊びなんて海泳げばいいし、全校生徒少ないからみんな友達だし、それで十分だよ。私はね、田舎のネズミでいいの」
「俺は都会のネズミがいい。この身でなにが出来るかちゃんと知りたい」
「失うし、何も出来ないよ」
氷のように冷たい、そして鋭いなにかが突き刺さった。
「ケンちゃんは何も出来ないまま絶望してそしてこの小さな町に帰って来るの。ハロハロが無くて、スタバも無くて、ソフトクリームも無い。産業が漁業しかない町に帰って来るよ」
「陽が暮れてきた」
「ごまかしをするにはあまりにも下手だね」
「なぁ、俺と一緒に」
「行かないよ。私は行かない。ケンちゃんが私といることが出来るのは唯一町から出ない。それだけだよ」
「親友だろ」
「親友だからって言うこと聞くだろうって横暴だよ」
もう家だからと知子は小山を駆け上って行った。
分かっている。知子はこの町からは出ない、その理由を知っているし、子どもの頃から知っていた。
神様はずっと一緒に遊んでくれる大親友だった。
知子という女の子の姿になって海を泳ぎ、魚を獲って、一緒に食べて、電車で隣の駅のある学校に通った。出欠の時に名前は呼ばれないけどみんなも友達。
町を出る朝、水神の祠へ小山を登った。知子は現れない。
「知子、別れだ」
何も聞こえない。
「もう帰って来ないかもしれない。これから生まれて来る子どもたちを頼む」
「ダメだよ。ケンちゃんは戻って来る」
「もう」
「だってケンちゃんは神様を惚れさせたんだもん」
「惚れ?」
「きみのことがすき」
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