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好返球
君を初めて見たのは図書室の窓から、レーザービームの好返球。ライトからキャッチャーへまっすぐ。
君の名前は山縣宗一郎と知ったのは年が明けて、高校三年生最後の席替えだった。
もうする意味も無かったけど、クラスの陽キャが「最後にちゃんとみんなで仲良くなろうよ」と、ふざけたことを言い、そのふざけたことに私は感謝することになる。
「俺、山縣宗一郎。よろしね。園田さん」
馬鹿だと思うなら思え。その瞬間に好きになったのだ。名前を知ってくれていた。それだけで私は十分だった。
「園田さん、消しゴム貸して」
「園田さん、ノート見せて」
「園田さん、園田さん」
そういう夢を毎日見た。全ては私の幸せな想像で幸せな夢。
山縣君は私を好きだなんて思ったことは無い。
「園田さん」
山縣君が自習中、小声で手招きしている。
「なに?」
「今度さ、カラオケいかね?」
「え、その」
「なんかさ、あの」
陽キャを指した。
「あの子が親睦会やるらしくて、カップルで来いってさ」
「で、でも。他に」
「その俺、野球ばっかだったから、頼れるの園田さんしかいないんだ」
嘘だ。全部、嘘。野球ばっかでは無くて友達がいたことを知っている。女の子の友達もいるよ。
なんでそんな嘘つくの?
「分かった。いいよ」
「ありがとう」
その輝く笑顔を見るために私は嘘をつかれるのだ。それくらいが交換条件としてちょうどいい。
「じゃ、明日の放課後」
山縣君の声は耳に入らない
次の日、猫背で気配を消そうとしているのは私だけだ。
「じゃ、駅前のジャンカラ行くべ」
わいわいとカラオケ屋さんに行く途中で山縣君が近寄ってきた。
「なんかごめんな。無理言って」
「いえ、そんな」
無言でチラチラ横を見る努力はしている。
チャンスだよ。今なら顔を見ることが出来るの。私だけの時間よ。
「山縣ー。割引券持ってきた?」
「あるよ。佐田、一枚でいいだろ」
「山縣ママに感謝だよねー」
私は佐田さんみたい快活ではない、よく笑わないし、猫背でずっと暗い。好きな男の子の前でもろくに笑えない。
「いや、喋ってるとすぐじゃんね。やっぱこのメンバー最高」
「あれ? 園ちゃん、楽しくない?」
「いや、その」
初めてでとも言えない。
「ま、いっか」
「たなちゃん、ホテル取ってる?」
「園田さんいい?」
山縣君が小声近寄ってきた。
「何も言わないで協力して」
「何を」
「あとで説明するから」
そういって、山縣君の顔が私から離れた。
「あのさ、園田さん。お腹痛いって」
「え、だいじょぶ? 園ちゃん」
「園田さんこの辺土地勘無いし、駅まで連れて行くよ。これ割引券」
「そっかしゃあないよね。園ちゃん気をつけてね」
「行こうか」
先導する山縣君についていくしかなかった。
「あのさ、俺知ってたんだ。図書室から君が僕を見ていたこと」
「まさかって何回も思ったよ。でも俺、肩強いからさ。俺が投げたあともこっち見るからって」
「あそこにいたら、みんなラブホに流れ込むんだ。もしあの中に好きな人がいるなら戻ろう」
「それは、それはいや!」
「良かった。でもその非常にこのタイミングで言いにくいんだけどさ」
少し見上げるだけでそんなに背の高くない山縣君の顔がチラチラ見えた。
「きみのことがすきなんだ」
つたない。言葉に大胆にも私は山縣君の力の入った手を握った。
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