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軽い朝食の後、また看護婦が来た。
「加和さんは、今日で退院ですね。荷物をまとめて、会計手続きをお願いします」
はい、と答える。
アキラの荷物はバッグがひとつ。誰が持って来てくれたのか、記憶も定まらない。
着替えて、病室から廊下に出た。
「だから、どうなってんだ!」
別の病室のオヤジが、スマホを相手に怒鳴っていた。声が廊下中に響いて、耳が痛くなる。
「きさまあ、おれを誰と思ってやがる。おれが本気になった、らっらっ・・・!」
舌がもつれた。入院するまでは会社で無敵の存在・・・のはずだった。会議中に倒れて、緊急搬送、脳梗塞と診断された。後遺症の半身麻痺で、顔としゃべりに難が出た。
プツッ、相手が電話を切った。
怒りが体に満ちる。しかし、半身麻痺では、怒りを誰かにぶつけることもできない。
と、オヤジの体が変異した。人ではなくなり、ゴリラを超える巨躯の獣になってしまった。
「魔物化した!」
廊下にいた患者が叫んだ。皆が逃げ出した。
ゴリラ魔物が腕を振った。コンクリートの床が割れ、壁や天井のパネルが崩れて落ちる。豆腐か紙を裂くようだ。
アキラは足がすくんでいた。逃げようにも、手も足も動かない。
がつーん、魔物の腕が顔をたたいた。衝撃に、頭の中が白くなる。
ぐおおおっ、魔物が牙を向けてきた。頭に噛み付いてくる。
「うるせーっ!」
アキラは右手で反撃した。
ぼん、魔物がふっとんだ。
あまりの呆気なさに、自分の右手を見直す。ほとんど魔物の重さを感じなかった。
ずずず・・・魔物の体が煙りをまいて消えていく。
床に、スマホだけが残っていた。静寂が廊下に広がる。
呆然と見ていた。
「ありがとうございます、助かりました」
看護婦が礼を言う。
患者の1人が消えた、建物に傷が入った。病院としては、別の問題が発生しただろう。
「保険会社からの仮払いで、当院での会計は終了しています」
病院の会計で言われた。
頭を下げ、病院を後にした。
まだ昼前、高い太陽を見上げて、どこへ行くか考えた。
アパートに帰ろう。
アキラは結論した。
故郷は思い出せないが、つい先日まで住んでいた場所くらいは分かる。
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