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それは、満月の夜だった。 公園の池に映るそれが、絵に描いたような景色をつくりだしている。 ゆらゆらと揺れる水面に黄金の光が、何層にも織り重ねられていた。 まるで映画の感動シーンのバックのようだ、と思った。 私は利き手と反対の手首に傷を増やし、自分自身を保っている。 何の意味もない、「生きている」を感じるためだけの傷。 それは、自分が自分である為にも必要な行為だった。 月の下、ジーンズのポケットを探るとカッターが手にあたる。 いつもやるのはもちろん家だけれど、そこは誰もいない。 それをいいことに、油断した私は衝動を抑えきれなくなり、夜中の公園のベンチで心を削った。 自分の存在に意味がないことを知ってしまった私には、2つの選択肢があった。 自ら生きるのを辞めるか、どうにか生きるか。 だからと言って死ぬ勇気もない私は、不安定な足元にふらつきながらも、辛うじて後者を選んでいた。 それでも、満月の日にはどうしてか感傷的になってしまう。 満月の日とその前後の日は頭が重く、ろくに考えることもできないので、赤い鮮血を見て心を落ち着かせていた。 いっそこのままいなくなってもいいかな。 そんなことを、月明かりの下ぼうっと考える。 「死にたいの?」 幻のように降ってきた突然の声に、私は思わずたじろぐ。 そこには、背の高い男の人が立っていた。 「え…、まぁそうかもしれない、ですね」 不意打ちだったので、素直に言葉が出てしまった。 会ったこともない人に聞くことじゃないんじゃないかな、と思ったところで、私が今、何をしていたかに気付く。 右手には汚れたカッター、左腕には流れる血。 満月が照らし出す赤く染まる液体が、やけに毒々しく光っていた。 よく考えたら、深夜の公園でこんなことをしているなんて明らかに不審者だ。 それにも関わらず彼は続ける。 「そう。死ぬなんて、って皆口を揃えていうけどさ。死んだ方がいい場面だって、きっとあるよね」 不思議な艶を含む声色をした彼は、ふっと笑った。 「でもね、誰かを追いかけて死ぬのだけは絶対に駄目だよ。それだけは、してはいけない。わかった?」 「えっ、あ…はい」 しばらくしてから、私はもう何か月も人と話していなかったことに気付いた。 会話って、こんな感じだったっけ。 彼はゆっくりと私の腕を見つめ、私の手からカッターを取り上げた。 そして、自分の腕に当てて切りつけたのだ。 「えっ…」 眉をひそめる私を見て、彼は目を細めた。 「これが自分以外の人だったら、痛そうだ、かわいそうだと思うよね。」 「はい、まぁ…」 やっぱり、と言うように彼は目尻を下げる。 何かをぼそっと呟き、彼は月を見上げた。 「本当綺麗だね」 「あっはい、そうですね…」 「今日は30年に一度ってレベルの、大きな月なんだよ」 「あ、そうなんですか。知りませんでした」 普段ニュースも見ず、興味を示すものもない私には縁のない話だと思った。
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