プロローグ

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プロローグ

 受験生諸君、こんにちは。    今日は君たち受験生に向けて、我々報道部より、我らが北塔高校の紹介をさせていただく。  報道部というのは何だろう? そう疑問に思ったに違いない。聞き馴染みのない部活だろうから、無理からぬことである。新聞部の上位互換的なものと思っていただければ、ひとまずはよろしい。  さて、君たち中学三年生は今、志望校をどこにするか、その選択の幅を広げるべく勉学に励んでいることだろう。  だから弊高は学校紹介をするのである。学校紹介というかたちで、君たちに「北塔高校はいいとこだよ」とアピールするのだ。  公立高校なんかは、胡坐をかいていたって、いくらでも入学希望者は湧いてくるのだろうが、弊校のような中堅私立はそうもいかない。  滑り止めでもなんでも兎に角、君たち受験生に、選択肢の一つとしてもらわなくてはならない。  そのために、今回、報道部はペンをとったのである。  より正確には、これを書いたら部費増やしてもらえるというので、それならばと腰を上げたって感じだ。  ちょっと、前置きが長くなった。  そろそろ、学校紹介を始めさせてもらおうと思う。    ここ北塔高校は、個性豊かな生徒が集い、ユニークな講師陣が教鞭を振る先進的かつ独創的な高校だ。 北塔大学の付属高校であり、同付属の北塔中学校と敷地を同じくする。 その敷地は広大で、施設も充実しており、生徒の好奇心、探求心に全力で応える体制が整えられている。    北塔高校でなら、きっと、充実した潤いある高校生活を送れることだろう。    ではここで、北塔高校のとある一日を簡単に紹介しよう。  朝のHRの開始時刻は八時半。余裕を持った行動を推奨する北塔高校では、八時十五分までには校門を通過することが義務付けられている。その時間を過ぎてしまうと、あいさつ運動を行っている公安部の部員に咎められてしまう。    公安部ってのも何さ? と思われたかもしれないが、まあ、入学すれば分かる。風紀委員の上位互換的なアレと思ってくれれば概ね間違いない。  話を戻そう。  この日もいつも通り、公安部員が朝のあいさつ運動と見回りを行っていたようだが、おや、どうやら遅刻者が出てしまったらしい。 「小倉先生、十五分の遅刻です。生徒指導の先生であるあなたが、ルールを守れないでどうするのですか」 「すまん……昨晩、他の先生と麻雀をしていてな……すごい寝坊した」 「山代先生、辻先生、谷村先生ですね。彼らもすでに取り締まっています。どうぞこちらへ、教師指導の時間です」 「反省文は勘弁してくれ……あれは……とても……めんどくさい……」  この様に、教師の手を借りず、生徒自らが校内秩序を維持すべく、精力的に活動している。北塔生がいかに自立した存在であるか、分かっていただけたものと思う。  なお、遅刻した教師陣は反省文五枚を言いつけられた。そして、彼らが担当するクラスのHRであるが、そもそも、この教師たちが時間通りに出勤することが稀なので、生徒たちも今日のような事態には慣れている。つつがなく進行した。  さて、次は授業風景を紹介しよう。北塔高校では、黒板と教科書だけを使う杓子定規の授業形態にとらわれず、電子黒板やタブレット端末を用いた先進的で双方向的な授業を行うことにも力を入れている。  二年五組でも映像授業が行われているようだ。少し覗いてみよう。 「では今日は、視聴活動を行います。視聴後には、先生のパソコンに、課題を送信してもらうので、そのつもりで真剣に視聴してください」    そう言って、教師はプロジェクタースクリーンに映像を流す。 『先頭はエメラルドグリーン、続いてブラックスワン、三番、四番レッドクラウン、カワモト一号も負けじと追走します。中段外を回る、ピーナッツアイです。……さあ、飛ばしてきますレッドクラウン、一番手変わりましてブラックスワン、そこに迫るレッドクラウン……』    流れる映像を啞然と見つめる生徒たち。うち一人がそっと口を開く。 「……俺はこの時間、世界史を習うつもりでいたのだが、今流れているのは、思うに、競馬では無いだろうか」 「よかった、もしや幻覚でも視ているのかと己の正気を疑ったけれど、君がそう言うなら、これは競馬で間違いないらしい」    困惑して囁き合う生徒たち。  それを傍目に、教師は一人、手に汗握る。 「いけっ、いや、今は押さえろっ、よしっ、よぉうしっ! いいぞぉ、ピーナッツアイッ!」 「見て、先生凄いテンション上がってる。いくら賭けてんだろ」 「てかこれ、生中継かよ」    興奮していた教師であったが、とうやら不都合な展開となったらしい、その顔は徐々に青ざめていく。 『――――さあ、上がって、カワモト一号が抜けた! カワモト一号が抜けた! 続く、エメラルドグリーン、プラチナスター!! ピーナッツアイも追いかけるが縮まらない! カワモト一号! カワモト一号がゴォォォルッ!!』 「あはぁぁぁぁんんっ!!」 「ごらん、先生が、膝から崩れ落ちている」 「ひどく醜いものを見たね」  教師はひとしきり悶えた後、よろよろと立ち上がり、涙に濡れた顔を生徒たちに向ける。  「見てわかったと思うが、先生はたった今、今月分の給料を全て失った。諸君は先生を心底哀れに思ったことだろう。ところで、諸君は先生が動画配信をしているのは知っているね。というわけで、この傷心と懐を癒すべく、諸君には先生の配信に投げ銭をして欲しい。今日は夜の九時から配信をスタートします。今からやり方を説明するが、それでも良く分からないという生徒は、直接現金を渡してくれても良い。先生は、昨晩の麻雀で負け、今朝は反省文を書かされ、そして今、競馬でも負けた。踏んだり蹴ったりなんだ。同情しろ」 「うちの学校は、反面教師には事欠かないな」    常識に捉われない、革新的な授業だと感じてくれたものと思う。受験に必要な知識だけでなく、社会で生きていく上での教養――ここでは、お金の大切さと賭博の孕む危険性を、身体を張って教授したのである。わが校の教師陣が、いかに生徒のことを思って授業を行っているのか、お分かりいただけたのではないだろうか。  では最後に、放課後の部活動を見ていこう。北塔高校には、多くの部活動が存在する。弊高では、「~部に入りたかったのに無かった」などという事態はまず起こりえないと断言しよう。  本来ならば、存在する部活を逐一紹介していきたいところであるが、数が多すぎるし面倒くさすぎるのでそれはしない。よってここでは、一つの部活をピックアップして、その紹介を行いたいと思う。ならば、誰もが知るようなメジャーな部活を選んでも、仕方あるまい。故に、わが校で最もマイナーな部活、都市伝説研究部の活動をご覧頂こう。  以下、隠しカメラによって記録された映像を文字に起こしたものである。      都市伝説研究部の部員三名は、机の上に敷いた紙の上に十円玉を置き、それぞれの人差し指を重ねている。どうやら、「こっくりさん」をやろうとしているらしい。 「こっくりさんこっくりさん、おいでください。おいで下さったならば、〈はい〉へお進みください」    部員の一人がお決まりの文言を唱える。すると、三本の指を乗せた十円玉は、鳥居の絵の横、〈はい〉の文字へ向かって動き始めた。 「ひゃああ、ホントに動いた! ……いや、騙されませんよ? どうせ、部長か青木先輩が動かしているんでしょう、そうに違いないそうだと言って」 「畑野ちゃん、うるさい。さて部長、最初の質問どうします?」 「そうだな、最初は軽いジャブで良いだろう。こっくりさん、こっくりさん、畑野の寝小便が治ったのは何歳ですか」 「軽いっ、ジャブっ、とはっ!? というか、普通にくっっそ最低なセクハラですよね!? これ!」  畑野と呼ばれた女子部員が喚くのをよそに、十円玉はすいすい動く。示した答えは『じ』『ゅ』『う』『さ』『ん』。 「……まあ、人それぞれだから」 「中一までってのは確かにアレだが、そんなお前にも、俺たちは変わらず接していくよ。良い先輩を持ったな」 「私は、まさかこれ以上は下がるまいよと思っていた先輩方への評価がさらに下方修正されました。下方向へ限界突破です。おめでとうございます。後で、プライバシーとデリカシーの話をしましょう」  ゴミを見る目の畑野だが、それを意に介する様子もなく、部長、副部長の二人はさらに質問を続ける。 「こっくりさん、こっくりさん、畑野の黒歴史を教えてください。具体的に」 「あ、これプライバシー云々じゃねえや、もっと根本の倫理観みたいなところから破綻してるなこの先輩……ああ、そしてうごかないでぇぇ、まっしぐらに〈と〉へ突き進むなぁぁ、十円玉ぁぁ」   〈と〉から始まる黒歴史に心当たりがある様子の畑野。猛進する十円玉を懸命に食い止めようとしているが、無理そうである。  これ以上は、公安部の検閲が入ったので公開は控えさせていただこう。部の仲間同士が仲睦まじく、和気あいあいと活動している様子は、すでに十分お伝え出来たものと思う。  北塔高校で最も過疎ってる都市伝説研究部ですらこれだけ盛り上がっているのだ。いわんや他の部活をやである。  以上をもって学校紹介とするが、この拙い紹介だけでも北塔高校の魅力は十分感じてもらえたことだろう。  ここ、北塔高校に魅力を与えているのは生徒たちであり、生徒たちは皆、それぞれ個性を持った一人の人である。ならば、生徒の数だけドラマが生まれるのも必然であり、そのドラマを紡いで、えーと、物語を作って、あー……何を言ってんのか分からなくなったので終わりとする。  さっさと入学して弊高の金ヅルとなっていただきたい。  結局、理事長が言いたいのはそういうことなんでしょ、どうせ。                                                     (筆・北塔高校二年 報道部 井口ゆかり)
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