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第1話 都市伝説研究部、部室を失いそうになる ①
「お疲れ様でーす。……と、あれ、なんか元気ないですね」
首をかしげながら部室に入る少女。畑野依織。ひと月前にここ北塔高校に入学したばかりの、ピカピカの一年生だ。
彼女が足を踏み入れたのは、都市伝説研究部(通称:都伝部)の部室である。
特段、オカルトや都市伝説に興味などない畑野であるが、にもかかわらず彼女は入学して早々、都伝部に入部していた。
他の部活と比べて吟味した結果……というわけではない。というか、ここに入部しようと決心した記憶がない。
気がつくと、いつの間に入部届を出していたのである。
彼女自身、自分の身に何が起きたのか今一つ分かっていない。だが、漠然と騙されたような気はしている。
しかし、他にやりたいことがあるわけでもない。のんべんだらりと過ごせるこの部活を、畑野はそこそこ気に入っていた。
さて、部室には、神妙な面持ちの部長と副部長がいた。
いつもは、藁人形をつくったり、UFO呼んだりしているのに、この日の彼らは、一枚の紙を見つめながらうんうんと唸っている。
「ああ、畑野か、お疲れ様」
「いやさ、ちょっと面倒なことになってね」
「と言いますと?」
「これだよ」
そう言って、手元のプリントを畑野に差し出す男。名を及川宗一郎という。三年生で、都伝部の部長であった。
「いや、読むのめんどくさいので、口頭での説明を求めます」
「おい青木、この後輩ふてえぞ」
「この部活の上下関係なんてハナから死んでますからね。礼儀なんて期待する方がアホですよ」
苦笑いを浮かべながら、青木浩介は肩をすくめる。彼の学年は二年。都伝部の副部長だ。
青木は、畑野の方を向くと説明を始めた。
「明日さ、総部会があるでしょ。これ、そこでの議題についてのプリント。昨日回ってきたんだけどさ、その内容がこの部にとって大変都合が悪くてね」
「え、廃部ですか」
「おい、そんなこと言うな。物騒だろうが」
「しかし、悲しいかな、当たらずも遠からずなんだよね」
そう言って、青木はプリントの中身を簡潔に伝える。
曰く。
これまでの、部活としての成立条件は、部員が三人以上いることだった。だが、それを五人に繰り上げる。
この条件の変更に伴い、部としての資格を失った団体には、同好会として活動してもらう。
次の総部会では、この提案の是非を問う――とのことであった。
「で、現状部員が五人に満たないのは、都市伝説研究部だけというわけだ。これが、我々を狙い撃ちした悪意ある議題であることは確定的に明らかであるからして、こんないやらしいことをしてきよる生徒会の面々は死んだ方が良いと部長は思う」
「ご覧のように、部長の怒りが有頂天なんだ」
「ぶっ壊れた日本語やめてくださいよ」
畑野は、なるほどそういうわけかと呆れつつも納得する。
都市伝説研究部は、今年畑野が入部したことで、ようやくメンバーが三人となり、部活へと昇格できたのだ。
悲願を達成した矢先にこの議題である。これが、都伝部への嫌がらせであるというのは、けして邪推ではないだろう。
畑野としても、まがりなりにもこの部の一員である以上、あまり良い気分はしない。望んで入部した身ではないが、そこそこ居心地が良い環境なのも事実だ。
しかし、その反面、この部が生徒会から疎まれるのは、仕方がないことのような気もするのである。
そもそも、都伝部の活動には、やや問題があった。
まず、年に二回行われる部誌の発行。これは同好会時代から行われてきたことだが、その部数がやたらに多かった。誰も欲しがらないので大量に余る。環境に悪い。
次に、謎に学校の七不思議を増やそうと画策する。これがそこそこ広まる。シンプルに迷惑である。
そして、極めつけは、今年行われた新入生に対する詐欺まがいの勧誘である。
及川と青木は、何やらスピリチュアルな手段で、半ばやけくそな勧誘を行っていた。
自分の意志で都市伝説研究部に入る新入生がいなかったために発動された奥の手であるが、これに怯えた新入生は多い。あと馬鹿が一人釣れた。
無論、これらの活動に対しては、生徒会も幾度となく厳重注意を行ってきた。
しかし、及川はというと、「自費でやっている。文句を言われる筋合いはない」「記憶にない」「部下が勝手にやったこと」で無理やり切り抜けてきたのだ。
客観的にみて、実に鬱陶しい部活である。
「……あれ、私、どちらかといえばこの部の敵であるような気がしてきました」
畑野は、一年生だ。今のところ、この部のいずれの活動にも携わっていない。何なら勧誘活動に関しては、その犠牲者が畑野だ。
「おい、余計な事考えるな」
「ところで畑野ちゃん、べっこう飴あるけど食べる?」
「わーい、食べます」
騙されるわけである。
・
「しかし、このままじゃ、同好会落ち確定ですよ。多数決じゃ勝ち目ないですし」
青木は、ため息交じりに、話を元に戻す。畑野は、そんな副部長を見て、ふと疑問に思ったことを口にした。
「そもそもなんですけど、同好会に戻ったからって何か問題あります?」
「なんだとう?」
眉をひそめる及川に、畑野は「だって」と肩をすくめ、言葉を続けた。
「多分、同好会落ちの最大の問題点って部費の削減だと思うんですけど、うち、もとから碌に貰えてないんでしょう? 部費」
畑野の言葉に青木は「まあね」と笑う。
都市伝説研究部の半期支給額は千円であった。
とくに大会があるわけでもない。よって都伝部が、何かしらの成績を残す可能性は、ハナから皆無であるといえる。そうである以上、部費が少ないのは仕方ないといえば仕方ない。
千円もらえているだけ、恩寵を感じる。
ただ、結局雀の涙のような額であるから、それが同好会落ちにより、五百円になろうが十円になろうが大した打撃ではない。
「確かに、部費については畑野ちゃんの言う通りだね。畑野ちゃんが入ってくれたから、今年から部活動になれたけど、去年に関してはまだ同好会だったし、活動費もほとんど部長が自腹切ってくれてたんだよね」
青木がそう語り、畑野は目を丸くする。
「え、マジですか」
「部長の家ってすごい裕福なんだよ」
「とはいえ、全くダメージを感じていないわけでは無いからな? ちゃんと感謝はして欲しい」
パトロンの存在を知り、畑野の中でこの部の存在価値が高まった。
「じゃあ、部費以外に、何か問題なんです?」
べっこう飴をなめ終えた畑野は、青木のバックの中から、新たなべっこう飴を取り出しつつ部長に尋ねる。
青木はそんな畑野を、「勝手に取っちゃうんだもんなあ」と、複雑な面持ちで眺めた。
及川は、頬杖を突きながら、空いた手で下を指差して答える。
「部室を没収される」
「ああ……なるほど……」
部室、つまり主な活動場所を失うといのは確かに問題だ。
しかしそれ以前に、都市伝説研究部がようやく手に入れ、ウキウキでカスタマイズした部室である。
部長と青木は大いに愛着を持っていた。
畑野にとっても、この部室はかなり居心地がよい。できることなら失いたくない。
「せっかく、やる気溢れる部員を獲得しましたからね。畑野ちゃんの為にも、この部室は死守したいですよね」
「だな」
「はあ?」
訝しげな声をあげる畑野。
さてどうしたものか、なんにせよ頭を使うには糖分だと、三個目のべっこう飴に手を伸ばしていたが、聞こえてきた会話にその手を止めた。
「いや、別にやる気とかないですよ? 半ば無理やり部に入れられた私にやる気なぞあるでしょうか、いやない」
その言葉に、今度は部長と青木が動きを止める。二人は互いに顔を見合わせた後、「またまたあ」と畑野の方を向き直り破顔した。
「何言ってんだよ、お前のツンデレなんて何の需要もないぞ?」
「毎日欠かさず通ってくれてることが何よりの証拠だよね」
「いや、他にやることが無いから、ここにきてるだけですから」
真顔で淡々と答える畑野。
「いや、だって、お前、花の女子高生がなあ……」
「ですよね。部活に興味が無ければ、友達と遊ぶ予定入れるでしょうし……」
〝友達〟
その単語を青木が発した途端、畑野の瞳からハイライトが消える。
ああ、これはまずいことを言ったぞ。明らかに醸し出すオーラが変った畑野を見て、及川と青木はさすがに悟る。
「聞きますけど、昼休みは読書か寝たふり、二人で一組は外道の所業と理解する。そんな私に、放課後の予定なんてあると思いますか?」
漂う重たい空気。畑野の能面のような顔をつたう、一筋の涙。
「……その、なんだ、すまんかった」
「べっこう飴、もっと食べる?」
「食べます」
三個目のべっこう飴は、少し塩辛かった。
・
「……まあ、実をいうなら、奥の手がないこともない」
畑野の惨憺たる実情を知り、いよいよ拠り所的な意味でも部室を守り抜かねばならなくなった都市伝説研究部。しかし、妙案は浮かばず頭を抱えていたとき、突然、及川がそう切り出した。
「え、じゃあ最初から言ってくださいよ。時間の無駄じゃないですか、もう」
「機嫌直したら、それはそれで腹立つな貴様」
五個ほど飴を食べたころには、もう平常運転に戻った畑野である。
「それで、奥の手ってなんですか?」
青木が聞くと、及川はバックの中から一つの箱を取り出した。
「これは……『花うさぎ』?」
箱に印刷された文字を読んで、青木は首をかしげる。福岡の銘菓『花うさぎ』、風星フーズ株式会社が、一九六五年から製造している土産菓子である。
「父方の曾祖父さんの百歳の誕生日でな、この前、親の実家に帰省したんだ。その時に買ってきた」
「食べていいですか?」
「いいわけないだろ。畑野、お前は馬鹿なのか、馬鹿なのかお前は」
「で、これがどう、奥の手になるんですか?」
「まあ、正直、生徒会に屈するみたいでな、この手は使いたくないんだが……」
苦い顔をする及川。それで、大方、彼がしようとしていることを察した青木は、怪訝そうに言う。
「いや、さすがに土産菓子を貢いだ程度で、優遇してくれるとは思えないんですけど」
「確かに、ただの菓子折りで考えを変えるような連中ではないだろう。だが……」
及川は、花うさぎの箱を持ち上げ、その底をトンと叩いた。
「ちょっと細工をしておいた」
「細工……まさか!」
「ああ、この菓子箱は二重底……五万ほど仕込んである」
タァンッと椅子が倒れる音。
勢い良く立ち上がった畑野は、一瞬で及川の元へ迫る。
突然のことに反応出来ない及川。その隙を突き畑野は、部長の手から菓子箱を奪う。
そして即座に方向転換し、部室の出口を目指して――――駆ける。
さして広い部室ではない。大丈夫、いける。あと少し――――!
「青木っ!」
「了解!」
だが、一歩及ばなかった。この青木という男、実はすこぶる運動神経が良い。
瞬時に畑野に迫り、扉の目前で捕える。そして、その手から菓子箱を取り上げると、畑野のバッグから縄を取り出し、彼女を後ろ手にしばって、部長の前に突き出した。
畑野は、悔しげな顔をして、及川をにらみつける。
及川は及川で、そんな畑野を呆れ顔で見下ろした。
「私欲の権化か貴様」
「縛った僕がいうのもなんだけど、なんでバックに縄が入っているの?」
「くっ、殺せ!」
歯嚙みして言い捨てる畑野。青木の問いには答えない。
「殺さねーよ。ただでさえ部員少ないのに、減らすわけないだろうが」
暗殺に失敗した刺客の如く、あとはただ死を待つのみとうずくまる畑野。二人は、それを冷ややかに見つめた。
「……で、要は賄賂ってことですね」
「無論、本意ではない。根本的な解決にはならないことも承知している。だが、金を渡せば、あの畜生どものことだ。今後も金をゆするために、俺たちを泳がしてくれるだろう」
及川は忸怩たる思いで言葉を紡ぐ。固く握られた彼の拳は震えていた。
ちなみに、この生徒会に対する評価は、及川のフィルターを通して行われたものであるので、だいぶ事実を歪曲している。生徒会の活動は健全だ。
「今が、今が耐える時なんだ! 今だけは、感情を殺して、媚を売ろう! そして、この屈辱をこそ薪にして、来たるべき反撃の時に復讐の炎を上げるのだ!」
「臥薪嘗胆というわけですね……」
目に涙をにじませて猛る及川。それに、神妙な面持ちで応える青木。
己の弱小を自覚しながら、なお戦わんとする戦士たちがそこにいた。
そんな中、畑野は、意を決したようにゆっくりと立ち上がる。及川に向けられたその顔は、まさしく覚悟を決めた者のそれであった。
「部長……その菓子箱を、生徒会室まで持っていく任務……私にやらせてもらえませんか?」
「やらせるわけないだろ、頭悪いのかお前」
(続く)
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