第2話 部室のカオス ①

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第2話 部室のカオス ①

 放課後の都市伝説研究部は静かであった。  平時なら、及川と青木が畑野をいじり、畑野がキレて、及川が負傷するなどの騒がしさがある部室である。  そうでなくても、生徒会を呪う儀式を行っていたり、新たに学校で流布させる七不思議の構想を練っていたりと、何らかの賑わいを見せているのが常である。  しかし、そんな都伝部の部室も、今日は静寂であった。  原因は明白である。  今、部室には四人の人間がいた。及川、青木、畑野の部員三名に加えて、もう一人、女生徒がいた。  きりっとした目つきでありながら、どこか幼さを残した顔、背丈は150㎝に満たない程度と小柄だが、それを理由に彼女を侮る者はこの学校にはいないだろう。  北塔高校二大勢力が一つにして、校内秩序の維持に努める正義の集団――『公安部』を率いる者、公安部部長、結城沙耶香である。  公安部と都伝部、規模、影響力共に太陽とボルボックスくらい差のある二つの部活である。  本来なら、公安部の末端部員ですら都伝部ごときには気をかけない。  なのに、まさかのボスの登場である。  これは動揺しない方がおかしいだろう。  加えて、都伝部は後ろめたいことがまあまああるので、「来んなよぉぉ、帰れよぉぉ」と戦々恐々としてしまうのも仕方ない。  さて、部室に結城が現れてから五分が経った。  結城は、「失礼するよ」と入室し、空いている椅子に座ってからというもの、どういう訳か黙ったまま一言も発さない。  何が目的か分からぬ以上、ボロは出すまいと黙っていた及川と青木、そしてコミュ障ゆえに閉じた貝になってた畑野であったが、五分の沈黙はちょっとしんどい。  だがかといって、公安部を前にして、日頃の所業を晒す度胸もない。  及川は、「こほん」と咳払いをすると、妙に良い顔、良い声で話を始めた。 「……なあ青木、緑化運動のボランティアって今週の土曜日だっけか?」 「違いますよ部長、今週は地域の清掃活動のボランティアです。緑化運動は来週」 「ああそうか、悪い悪い、毎週のようにボランティア活動してたからごっちゃになっていたようだな」 「はあ? 何言ってんですか二人とも、今週は立入禁止の心霊スポットに行くってぐふぅ……」  恐ろしく速い手刀であった。意識を失った畑野を、青木はそっと椅子に座らせ、机に寝かせる。  これには沈黙していた結城も、流石に反応した。 「な、なあ、彼女は大丈夫なのかい? 突然気を失ったみたいだけど」 「気にしないでください。畑野ちゃんはよく、脈略もなく気を失うんです。俺らは眠りの畑野と呼んでいます」 「それは一度、医者に診てもらった方がいいんじゃないかな?」  至極まっとうな意見であった。 「そんなことよりもだ。結城、公安部の部長様が、こんな寂れた部活に何の用だ?」 「え、ああ、うん……そうだね、その、用というのはだね……」  言葉を濁す結城。もちろん、わざわざここへ出向いた以上、目的はあった。  ただ、その目的を遂行すべく何をすればよいのか、それが分からず苦心していたのである。  結城はさて何を言ったものかと、昼休みの会話をぼんやり思い返した。      ・  昼休み、みんなお楽しみの昼食の時間である。  午前中に三人の生徒と五人の教師を取り締まった結城にとっても、ようやく一息つける瞬間であった。  結城は、いつも通り昼食を共にするために、幼馴染のもとへ向かった。 「さやちゃんお願い! こんなこと、さやちゃんにしか頼めないんだよ……」 「いや、そうは言ってもだね……私だってそれ程口が上手いわけでもないんだぞ」  幼馴染――生徒会長椚座栞は、机につき弁当を広げるやいなや、自身の唐揚げを差し出すと、結城に頼み事をしてきた。  都伝部の誤解を解いてほしいとのことである。  曰く、どうやら気がつかないうちに、都伝部をないがしろにしてしまっていたらしい。それ故に生徒会は都伝部の反感を買ってしまっているようだ。自分たちは、都伝部を邪険にしているつもりなど無いのだと。そう説明してほしいとのことであった。  ただ、結城にしてみれば、別にそこに誤解はないのである。  では、生徒会は事実、都伝部を不当に酷く扱っているのかといえば、そういうわけでもない。    生徒会は、都伝部とかいう、毒にも薬にもならぬ……というか、比較的毒よりの集団に対し、相応の対応をしているに過ぎないのである。   部の存続が認められているだけ感謝すべきとすら言えるだろう。    都伝部の生徒会に対する反感のほとんどは逆恨みに過ぎないと結城は考えていた。  あとシンプルに、都伝部部長の及川宗一郎と副会長の椚座祐一の仲が悪いというのもあるだろう。  なんにせよ、こういう事情がある以上、「都伝部の生徒会への好感度をあげてほしい」という会長のお願いは、なかなかの無理難題であった。 「うーん、別に突き放すつもりはないけどね。生徒会長である君が、自分で都伝部に赴いて対話した方が、良い結果を生むんじゃないかな」  会長が都伝部に対し、これだけ必死になる理由。  それが単に、都伝部とも仲良くしたい――だけではないことぐらい、結城は理解していた。   確かに、及川と副会長の関係がある以上、都伝部、生徒会という団体単位で良好な関係となることは望むべくもない。  しかし栞の想いを汲むならば、及川宗一郎という個人が、椚座栞という個人に好感を持ってくれれば、ひとまず良いのである。  会長と身近に関わってなお、彼女を嫌う人間などそう居ないという自信が、幼馴染である結城にはあった。  ゆえに結城は、都伝部には会長が自ら赴くのが最善とアドバイスした。  栞はそれに、しょんぼりと答える。 「私もね、何度も自分で行こうとはしたんだよ? でもほら、都伝部の部室って部室棟の奥にあるでしょ? だから、いつもそこにたどり着く前に、他の部活の人たちに捕まっちゃうんだよね……せっかく誘ってくれたんだから、断ったりはしたくないし……」 「なるほど、人望がありすぎるのも問題だな」  その人格の高さから、学校中から絶大な人気を誇る生徒会長である。  別に近寄りがたい雰囲気を醸し出しているでもない。ふわふわ系人気者の栞の元には、多くの人が集まる。  そんな彼女が、部室棟に現れたなら、「今日はうちの部室にいらしてください」と、引っ張りだこになることは想像に難くない。 「でもさ、ほら、さやちゃんが歩けば、皆さっと道を開けるでしょ? モーセのごとく!」 「うん、君が一切の悪意なく言っているのは分かるんだけどね? 私だって傷ついてはいるんだよ、あの現象には」  正義の象徴である結城は、皆の羨望こそ集めているが、会長と同様に、お近づきになりたい存在かといえばそれは違った。  人間、誰しも後ろめたいことはある。結城と関われば、その全てを暴かれてしまうのではないかという恐怖ゆえに、皆思わず彼女を避けてしまうのである。 「はあ……やっぱり困るよね……」  結城の芳しくない反応に、栞は消沈する。  そんな栞を見て結城は心を痛めるが、今回ばかりは自分が動いて事態が好転するビジョンが見えない。  申し訳ないが、ここは諦めてもらうしかない。 「力になれずごめんね」 「ううん、いいよ大丈夫。確かに、生徒会のことは生徒会で解決すべきだもんね……そうだなあ、ゆうくんにお願いしようかな。及川君とも仲良いみたいだし」 「分かった、私が何とかしよう。だから、この件に関して、祐一には何も話さないように。いいね?」  前言撤回、手のひらクルンである。  栞の気持ちが祐一にばれるのはまずい。  謎の鈍感さゆえに、今のところ姉の気持ちには気が付かないでいる祐一だが、今回の相談を持ち掛けられたら、さすがに察する可能性がある。  ただでさえ、シスコンをこじらせているのに、姉の気持が怨敵に向いていると知れば、何をしでかすやら分かったものではない。  それを阻止すべく、思わず引き受けてしまった。    突然の快諾に、栞は不思議そうな顔をしたが、すぐに満面の笑みになり「ありがとう」と結城の手を強く握った。そして、嬉しそうにブンブン振る。  結城は「ははは、いいのさ……」と言いながら、そういや昔からこんな役回りばっかりだったなあ、とかわいた笑みを浮かべた。      ・  というわけで、今に至る。結局、結城は、特に妙案も浮かばないまま、部室に来てしまった。  それ故の沈黙であったが、結果、及川たちの警戒を招くこととなってしまった。 「いや……ね? 別に大したことではないんだ」 「おい、聞いたか青木。あの偉大なる公安部の部長様が、雑談をしにおいでになられたらしいぞ」 「気が付かないうちに、僕ら都市伝説研究部も偉くなったものですね。いやあ、めでたい」 「君たちは、随分と癇に障る警戒の仕方をするんだね……」  突然訪れた無礼を差し引いても、あんまりな態度に、結城はこめかみをピクつかせる。  早くも、祐一が都伝部、特に及川を嫌う理由が分かった気がした。  ついでに、栞の気持ちが分からなくなってきた。こんな奴の何が良いんだ。  正直もう帰りたい結城である。しかし一度、栞のお願いを聞き、それを引き受けた以上、途中で投げ出すのは義に反するだろう。  もともと、巧言令色の類は不得手な結城だ。ここはごたごた考えず、率直にいこうと腹をくくった。うまくいかない気がするが、その時はごめんなさいすれば良い。 「実は、生徒会長のことなんだが……」 「なっ、貴様っ、生徒会の回し者かっ⁉」 「令状は持ってるんでしょうねっ⁉ 令状はっ!」 「金ぇ……名声ぇ……」  生徒会という単語が出たとたんに、きゅうりを投げられた猫のように飛び上がり、喚きだす都伝部の面々。  及川は、青木を盾にして威嚇を始め、青木は寝ている畑野を持ち上げて盾にする。畑野はだいぶ荒く扱われたが、それでも目覚める様子はなく、私欲丸出しの寝言を呟いている。  結城は、そんな都市伝説研究部を「えぇ……」と思いながら見つめた。生徒会にアレルギーでもあるのかというほどの過剰反応である。生徒会のことは嫌いになっても、生徒会長のことは嫌いにならないでくださいと言おうとしたが、これはなかなか厳しそうだ。生徒会に関わっているというだけで敵認定してきそうな過激派達である。 「ま、待ってくれ、今日は本当に君たちをどうこうするつもりはないんだ。誓っても良い……というか、もしかしてこの前の同好会落ち騒動がそんなにトラウマになっているのかい?」 「当たり前だろう。ただでさえ狭い部室しか与えられてないというのに、部員数にかこつけてそれすら奪おうなどと邪知暴虐もいい所だ」 「それに部長は、あの一連の騒動で五万も失っているんですよ」 「おい馬鹿、青木、黙れ黙れ」  なるほどなあ、と結城は苦笑いを浮かべる。  確かに、部活としての存在感をほとんど持たない都伝部にとって、この部室こそがアイデンティティのすべてなのかもしれない。それを奪わんとした生徒会は彼らにとって仇敵も仇敵だろう。  その件以外の生徒会に対する鬱憤については、お前ら都伝部の方に問題があるのでは? というものが大半のような気がするが、まあ、特別、都伝部を贔屓した見方をすれば、彼らが生徒会を蛇蝎のごとく嫌うのも理解できなくもないこともない。  だが、この前の同好会落ち議案もそうだが、稀にある、都伝部への異常に厳しい対応は、副会長の独断で行われていることが多い。姉が都伝部を擁護することを見越して、若干の情報統制を行っている祐一には、結城も思うところがあった。  もうこの際仕方あるまい。都伝部にとっての諸悪のすべてを祐一におっかぶせて、栞を擁護する路線で行こうと、結城は決める。 「うむ、なるほど、君たちの怒りはもっともだ。確かに、私も、君たちに対する生徒会の対応は些か厳しすぎるのではないかと、思ってはいるのだ。しかしだね、やはりというべきか、君たちは一つ勘違いをしているらしい」 「勘違いだと?」  穏やかな口調でなだめるように話す結城に、都伝部の二人は若干の冷静さを取り戻す。青木は、持っていた畑野をもとあった場所に戻した。ちょっと重かったのである。 「ああ、まあ、これはつまり、今日私がここを訪れた理由でもあるのだけどね。生徒会が君たち都市伝説研究部を嫌っているという思い違いを改めてほしいのさ」  結城は、警戒心を与えないよう、できるだけ柔和な笑顔でそう言う。しかし、及川は結城の言葉を鼻で笑う。 「はんっ、ではなんだ。愛の鞭とでも言うつもりか。馬鹿馬鹿しい」 「そうじゃない。確かに、この前の一件は、生徒会側に少なからず悪意があったことは確かだよ。でもね、その悪意を生徒会の総意とは思わないで欲しいんだ」 「……いや、意味が分からん。どういうことだ」 「ああ、つまり、前回の同好会落ち議案は、副会長の椚座祐一が勝手に決めたことであって、生徒会全員が同意した結果生まれたものではないのさ。特に、生徒会長は何も知らされてなかったようでね、大変心を痛めていたよ」  及川が食いついたと見るや、結城は逃がすまいと、ややオーバーなジェスチャーを加えつつ説明を続けた。 「ほーん、副会長……まあ、あのクソ野郎ならやりそうだな」 「あ、確か、あの議題が否決されたのも、生徒会長の助けがあったからって、部長言ってましたよね」  ――ここだ、ここを逃せば勝機はない。  結城は一気にまくしたてる。 「そうとも! 生徒会長は、君たちに対する負の感情なんて一つも抱いちゃいないのさ! 他の生徒が見向きもしない君たちの部誌も、生徒会長だけはいつも真剣に読んでいるんだよ。怖い話は苦手なのにも関わらずね! 前回の一件以外にも、君たちが不快に思う出来事はあったと思うが、それも全部副会長の独断さ! 会長は関係ない、世の不都合の大体はもう副会長が悪い、そう、副会長を恨むようにしよう! 彼という個人をね! だってほら、会長はこんなに良い人なのに、副会長を理由に、生徒会長全体を恨むのは御門違いだろう⁉ 悪いのは副会長ただ一人なのにねっっ‼」 「お、おう……そう……だな?」  ぜえ、ぜえ、と息を切らしながら、会長の擁護というよりは副会長のヘイトスピーチを行った結城に、及川は若干引き気味に同意する。及川自身、生徒会への反感のほとんどは副会長由来のものであったので、結城の主張に特に異論はなかった。 「はあ…はあ…いや、うん、分かってくれて良かったよ。じゃあ私はこれで……」 「あ、ちょっと待ってください」  役目を終えた結城が、疲れた様子で席を立とうとしたところを、青木が呼び止める。 「会長が俺らのことを嫌ってるわけじゃないってのは分かりました。それは良いんですけど、なんでそのことを、公安部の部長である結城先輩が説明に来たのかが謎なんですよね」 「……あー、それか、いやなに、私と生徒会長は旧知の仲でね。多忙な彼女に代わって、私が誤解を解きに来たというわけだよ。とにかく、彼女は私を頼ってでも誤解を解きたいと願う程度には、君たちのことを気にかけているというわけさ」  結城の言葉を受けて、青木は意外そうな顔をする。 「へえ……まさか、会長がそこまで俺たちに意識を向けてくれていたとは思いませんでしたね、部長」 「だな、まさか公安部の部長がこんな嘘をつく為に、わざわざうちに来るとは思わないし、これは素直に信じてよさそうだ」  そう話す及川と青木の様子に、結城はある程度の成果を実感し、安堵する。そして、少し居ずまいを正したのちに、及川に手を差し出した。 「無論、我々公安部も、君たちに対し、他の部活と分け隔てなく公正に接するつもりだ。また、一人の人間としても同じ部長同士、君とは良好な関係を築きたいと思っているよ」 「社交辞令の感は否めないが、まあ、公安部部長にそう言ってもらえるのは嬉しい限りだな」  及川は、差し出された手を握り返す。 「君はどうも一言多いらしい……あ、あと七不思議の噂を流している件についても、公正に容赦なく追及するのでそのつもりで」 「ははは、なんのことやら」  少し険を含みつつも、概ね朗らかな様子で手を握る両部長である。これで、この件は円満解決と、結城が手を放そうとした、その時だった。  パシャリと、心地の良いシャッター音が響いた。                                (続く)
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