第2話 部室のカオス ②

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第2話 部室のカオス ②

 ――――パシャリと、心地の良いシャッター音が響いた。 「なるほど、これは驚きましたねぇ。いや、不思議だったのですよ。あの優秀な公安部が、都伝部ごときの犯行のシッポをつかめないでいるなんてね。しかし、トップ同士が裏で繋がっていたとなれば、いやはや、納得もいくというものです」 「貴様は……!」  音のした方を見れば、そこには、カメラを片手に嫌味な笑みを浮かべる男――報道部部長、劉(みずき)啓一の姿があった。 「なあ、今度から部室の鍵は内側からも閉めておくことにしないか」 「ですね、ちょっと防犯意識が足りてませんでした」  新たな来訪者にげんなりする、都伝部の二人である。 「……ふん、残念だが、君の邪推は見当違いというものだよ、劉君」 「おやおや? 残念とは? どうやら勘違いをしているのは、あなたの方らしい。べつに私は、あなたにとっての事実なんて少しも興味はない。大事なのは、私にとって都合よく、ネタとして面白いかどうかですよ」  言わずと知れた犬猿の仲、下手をすれば及川と副会長以上に相性の悪い二人である。公安部と報道部は歴史的に仲の悪い部活であったが、この二人が入部して、それぞれが頭角を現してからというもの、その関係は加速度的に悪化していった。結城と劉が各部の部長となった今が、最悪期であると言えるだろう。 「ほう、では何か? ネタとして面白ければ、虚偽の報道も厭わないということか。この私の前で随分なことをぬかすじゃないか」 「心外ですね。虚偽報道など毛頭するつもりはありません。私は、灰色を疑惑として報道するだけですとも。それが真実となるかは受け取り手次第です。だいたいコレが私の誤解であると証明する何かがあるのですか? おっと、都伝部ごときのさえずりに証言としての価値があるとは思わないでくださいね」 「くっ……」 「おい、なんで口ごもんだよ。失礼すぎるだろうが貴様ら」  聞こえてきた劉の余りに無礼な発言に、及川は遺憾の意を示すが、結城と劉はそんなピーチクパーチクには耳を傾けず舌戦を続ける。 「あの、喧嘩はよそでやってくれませんか。ここで、騒がれると俺らの活動に支障をきた……」 「はい、ちょっとすいません! どいてもらえますー⁉」  面倒ごとに発展する前に、帰っていただきたい青木が苦情を言おうとした時、その彼を押しのけ新たな侵入者が現れた。  侵入者は、パシャコパシャコと写真を撮り始める。余所者に帰って欲しいといっているのになぜ増えるのか。 「おい、何者だお前」 「あ、自分は報道部二年の井口ゆかりと申します! いやあ、いいですね! あの公安部部長と報道部部長の密会! まさかまさかの熱愛発覚、これまでの仲の悪さは演技だった⁉ みたいな……あ、でも都伝部の人たちがいたら密会にならないか……ちょっと邪魔なんで、そこで寝てるの連れて出ていってくれません?」 「なるほど、無礼の化身か」  突然現れ、初対面にも関わらず無茶苦茶をかます井口に青筋を立てる及川である。ただ、今の井口の発言が聞き捨てならなかったのは及川だけでは無かった。 「私とこいつが恋仲だと? 冗談にしてもたちが悪い。寒気がするぞ、勘弁してくれ」 「ええ、全くです。スクープのためなら、親だろうと上司だろうとネタにする姿勢には感心しますが、その勘違いはあまりにおぞましい」 「ほほう、喧嘩するほど何とやら!」 「くっ……なぜそうなる! というか、君のとこの部員だろう、ちゃんと手綱を握っておけよ!」 「うちはおたくと違ってですね、ルールで縛らず部員の主体性を大切にしているんですよ。まあ、そのせいでこの様な事故が、稀とは言い難い頻度で起きますが」  新たな火種が追加され、二人の口論は激化する。  熱愛の捏造を断念した井口は、今度は都伝部の部室の様子を撮影し始めた。 「ちょ、ねえ、井口さん? 何やってんの? 勝手にそういうことされると困るんだけど?」 「大丈夫、大丈夫! ちゃんと許可は取ってるから!」 「取ってねえよ、そんなもの与えてないんだよ。なぜ秒でばれる嘘をつくのか」  驚異の傍若無人ぶりを発揮する井口に及川のストレスが急速に溜まる。せめて、こいつだけでも摘まみだそうと、首根っこを掴み出口まで引きずるが、更なる来訪者によりそれは阻まれた。 「及川ァァァッ‼ これをやったのは貴様だなぁ‼」  そこに立っていたのは、靴下の詰まった上履きを持ち、片足だけ裸足の副会長、椚座祐一であった。 「上履きの中に瞬間接着剤なぞ仕込みやがって! 帰るときになって気がついたわ‼」 「ああ、そういや朝、そんなことしたな。もっと早く気がつけよ、ばーか」 「何やってんすか部長」 「よしゃあ、今のうちだ!」  及川の小学生レベルのいたずらに青木は呆れ、井口は隙を見て逃げ出した。 「後輩から、『副会長アルファ臭いですね』と言われた意味がようやく分かった! 何かと思ったぞ、アルファ臭いって!」 「あーはいはい、靴代と靴下代を弁償すりゃいいんだろ、ほら金は渡すからはよ帰れ」 「貴様からの施しなぞごめん被る! だいたい貴様には、前から言いたいことが山ほどあったのだ!」 「めんどくさいよもー、帰れよもー」  一方では報道部と公安部の部長同士が争い、もう一方では副会長と都伝部の部長が喧嘩をしている。そして、部室を物色する井口とそれを見張る青木。寝る畑野。都市伝説研究部の部室は着実に、混沌の様相を成してきていた。  さて、狭くはあるが、物はやたらと多い部室に、井口の興味は尽きない。見張りという名のガイドにちょいちょい質問を飛ばし、都伝部観光を楽しんでいた。 「青木くん青木くん! この壁に突き刺さっている刀は何?」 「ああ、それね、妖刀。畑野ちゃんがふざけて振り回してそうなったの」 「ふーん、引っこ抜いてみても良い?」 「試しても良いけど、絶対に無理だよ」 「ふぬぬぬぬぬ~~っとぉ! ホントだ、ビクともしねえ!」  そう言って、妖刀の写真を取ろうとし、青木に遮られる。 「これは、いろいろ問題になりそうなので撮影禁止」 「ちぇー」  不服そうにしたのもつかの間、井口は新たな興味の対象を見つけた。 「あ、あのわら人形と一緒に、無数の釘で打ち付けられている紙にはなんて書いてあったの? んーと、せいとか……」 「戦争って書いてたんだよ。この世から戦争が無くなれば良いなって」 「え、でも明らかに『会』って文字が……」 「やっぱ副会長って書いてた」 「なるほど」  わちゃわちゃと賑やかな部室、収拾もつかなくなってきた。  青木は、今日の活動はもうあきらめたので、後は時間が解決してくれるのを待つばかりである。  さて、二度あることは三度あり、四度目もあったともすれば、五度目があって然るべきだろう。いや、然るべきかは分からないが、実際に起きたのだから仕方ない。新たなお客様である。 「おじゃましまーす。うわ、なんか人多いなあ」 「なあ、のぞみちゃん、今日は忙しそうだしまた別の日にしないか?」 「ダメだよ、ケンくん、昨日からずっと怖がってるじゃんか」  華奢な少女と巨漢。美女と野獣のまさにそれ。図書委員長の天橋希と柔道部部長の剛田健二郎である。 「あのーここ都市伝説研究部だよね? じゃあもちろん、都市伝説には詳しいんでしょう? なんか二十歳になるまで覚えてたら死ぬっていう、紫鏡の話をケンくんが知っちゃったみたいなんだよね。これの対処法みたいなのないの?」 「おおおっ、すごい! 報道部、公安部、図書委員会の長、そして生徒会副会長がこんな辺境に会してる……なんてレアな光景なんだ!」  確かに珍しい光景だろう、井口は興奮してシャッターを切りまくる。しかし、天橋と剛田の登場でこの部室には九人の人間がいることとなった。剛田はでかいので、実質十人と言えるかもしれない。  そう、人口密度がすごい。 「ああもう、うっっっとおしいわっ!! こんなに人が密集すると息苦しんだよっ! 何故かって? お前ら生徒会がこんな狭い部室しか寄こさないからさ」 「隙あらば挑発してきやがるな貴様はっ!!」  いかなる時も生徒会への難癖を忘れない及川に、何本目か分からない副会長の堪忍袋の緒が切れる。そして、いよいよ怒髪天な副会長は、及川に掴みかかろうと手を伸ばすが――  ――その手は及川に届かなかった。  副会長の顔に巻き付いた縄、それにグイと後ろへ引っ張られ、前へ進め無かったのである。 「……さい……すよ……」 「へ?」 「うるっっっさいんですよっ‼」 「がはぁっ‼」  先以上の力で引っ張られ、部室の外に投げ出された副会長。廊下の壁に激突し動かなくなった。  だが、そんな副会長の安否を気にする余裕がある者は誰もいない。  円を描いて宙を舞う縄。その中心にはいつの間にか起きていた畑野がいた。その表情は前髪に隠れていてよく見えない。やたらと、低い重心に構えた姿は、人というよりは獣の様相を呈していた。 「お、及川君、これはどういうことだい?」 「知らねえよ……ああもう、勝手にうちの部員の新たな一面を開花させてんじゃねえよ……」  明らかに様子のおかしい畑野を、皆が固唾を飲んで見守る。そんな中、畑野が口を開く。 「私は……もっと…寝ていたいんですよぉおっ!!」  そのダメ人間感溢れる咆哮とともに畑野の暴走が始まった。狭い部室の中を暴れ回る畑野、飛んでくる縄、縄のはずなのに当たると鈍器に殴られたみたいに痛い、何だこれ。  結城や剛田のように格闘技に心得のある者は、飛んでくる攻撃も上手くいなすことができているが、及川や青木は命を削られる一方である。劉と井口はスタコラサッサと逃げ去った。天橋は、剛田が守ってくれるので安心だ。 「ぐふ……ああ、もう、お前ら一旦帰れ! うちの子、今日ちょっと機嫌悪いから!」 「ええ、まだ紫鏡の対処法聞いてないんだけど!」 「『黄金じゃがいも』って単語を一緒に覚えときゃ大丈夫だよ、お大事に!」 「畑野ちゃん、落ち着いて! はい深呼吸、吸ってっ、吐いてっ、吸ってっ、吐いてっ、ヒッヒッフぶべらっ……」  かくて混沌は地獄へと姿を変え、都伝部に大きな傷跡を(物理的に)残したのであった。  副会長は一命をとりとめた。      * * *  ガラリと生徒会室のドアが開かれる。ただ一人待っていた栞は、嬉しそうに、しかし、どこか緊張した面持ちで来訪者を迎えた。 「お帰り! さやちゃん」 「ああ、ただいま」  栞は、結城のもとへ駆け寄る。そして、深く深呼吸をして気持ちを落ち着けてから今日の成果を聞いた。 「どう……だった?」  スカートの裾をぎゅっと掴み、こわばった顔の栞。結城は、その肩にポンと手を置くと、いい笑顔でサムズアップをした。  これには、栞の表情も、花が咲いたように明るいものへと変わる。 「え、じゃ、じゃあ!」 「ああ、実に良い成果を得られたとも、畑野依織、彼女は実に良い!」 「……へ?」  思ってたんと違う。  硬直する栞をよそに、結城は続ける。 「あの制圧力、そして獣のごとき敏捷性、実に欲しい。ああ、欲しいとも! 丁度欲しかったんだ、警察犬みたいなのが!」 「ええと……うん、ちょっと待ってさやちゃん、ごめん、ほんとに何も分かんないんだけど……」  困惑する栞とは対称に、異常に上機嫌な結城である。 よほどテンションが上がっているのか、栞の言葉も耳に入らない様子だ。 「じゃあ、来たばっかりで悪いけど私はこれで!」 「え、嘘だよね?」 「ようし、早速彼女の勧誘プランを考えないとね!」  そう言って、ルンタッタと、スキップでも始めそうな足取りで、結城は生徒会室を去っていった。 「えー……」  一人ポツンと残された栞。  背中に哀愁を漂わせてなお、彼女は美しかった。  
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