第3話 チキチキ、料理コンテスト ①

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第3話 チキチキ、料理コンテスト ①

「ではこれにて、今回の総部会を終わりとします。今配布したプリントは各自目を通しておいてください」  今回は大した波乱もなく、穏便に総部会は終了した。終わり間際に配られたプリントを受け取り、では解散と皆が席を立とうとした時、末席からすっと手が上がる。 「プリント一枚足りてないんだが」  都市伝説研究部、部長の及川宗一郎である。どうやらプリントが一枚不足していたらしい。そして、末席に座る以上、その不足分は及川の分ということになる。 「あー……ないな。印刷数をミスったか、でもまあ、どうせお前らはこれに参加するつもりないだろ」  副会長は、少し手元の資料を探ったのち、めんどくさそうにそう言った。  今回配られたプリント、内容は『部活対抗料理コンテスト』の参加募集であった。北塔高校では、理事長の思い付きで不定期にこの様な謎大会が開催される。今回のこれもその一つである。  料理の覚えなどなく、後輩たちにも特に期待できない及川は、この大会に参加するつもりなど微塵もない。微塵もないが、副会長の言葉には、何かと突っかからないと気が済まない。なぜなら嫌いだから。 「は? 参加しないとか一言も言ってないんだが? 勝手に決めつけないでもらえます?」 「貴様っ……」 「じゃあ参加してくれるんですか!」 「え?」  適当に副会長をおちょくった後、「まあ、参加しないんだけど」と言って撤退しようと思っていた及川である。しかし、思わぬ方向から横槍が入った。 「ではすぐに印刷してきますね! さやちゃん、ちょっとそのプリント借りるね」 「あ、ああ」  生徒会長はそう言って、近くにいた結城からプリントを受け取ると急ぎ足で会議室を出ていった。そして、幾ばくも時間の経たないうちに、プリントを二枚に増やして戻ってくると、及川のもとに駆け寄り、片方を差し出す。 「はいどうぞ! ごめんなさい、私たちのミスで迷惑かけちゃって……でも嬉しいです! 都市伝説研究部さんて、あんまりこういうのに参加してくれないから……」 「え、いや、その……」 「都伝部さんの料理、楽しみにしてますね!」  そう、満面の笑みを浮かべる会長を見て及川は悟る。  ああ、これ、こいつを陥れてやろうみたいな悪意が一切ない。百パーセントの純粋さでもって言っているのだと。  悪意や敵意によって窮地に追い込まれたなら、いくらでも反撃の一手を探れる及川だが、それが善意由来となるとどうすれば良いか分からない。そんな、及川のピンチに目聡く気が付いた副会長は、ここぞとばかりに追い打ちをかける。 「えーでは、都市伝説研究部は参加決定ということで、他の部活も参加を決めたなら我々にご連絡ください」 「この野郎っ」  ニヤリと笑う副会長。  姉という善意を盾に、その後ろから悪意の石を投げてきやがった。なんて奴だ、人間の風上にも置けない、地獄に堕ちろ、と及川は思う。しかし、その盾を突破する術が無い以上どうしようもない。  こうして、今回の総部会は、珍しく副会長に軍配が上がる形で幕を閉じた。      * * * 「えーというわけで、我々都市伝説研究部は、この料理コンテストに参加することとなりました」 「そうですか、では責任取って部長が恥を晒してくださいね」 「今回は俺も、畑野ちゃんに同意です」  このような事態に至る経緯と共に、大会出場の発表を行ったところ、やはりというべきか冷たい反応が帰ってきた。 「いやしかしだ、まさかあそこで会長が入ってくるとは思わんだろう」 「それ以前に、部長が余計なことを言ったからでしょう。副会長が嫌いなのは分かりますが、部長はもう少し大人になるべきだと俺は思いますね」  青木の言葉は普通に正論なので返す言葉が無い。今回は、自分でもやらかしちゃったなと思っているので、及川は苦い顔をして押し黙る。 「だいたい私、料理できませんし」 「俺もできません」  案の定、全滅であった。これはもう詰んだと言えるだろう。  こうなれば後は、部の代表者では無く、醜態を晒す生贄を選ぶ議論となる。そして、流れ的にも元凶的にもそれは及川となるのだが、そうなれば、下手な料理を作り副会長に嘲笑われる未来が確定する。ごめん被りたい及川の足搔きが始まった。 「よし畑野、お前が参加してくれるなら、この前、暴れたくって部室を滅茶苦茶にした件はチャラにしてやろう」 「はあ? 何ですかそれ、というかあれ本当に私がやったんですか? まじで何も覚えてないんですけど」  理性無きバーサーカーとなって、部室と及川、青木の身体に甚大な被害をもたらした畑野であったが、落ち着き理性を取り戻した時には、記憶をすっかり失っていた。アルティメットな寝起きの悪さでもって、目覚めてからは記憶を消去するという、大変タチの悪い睡拳である。 「というか、それが事実だとしても、元はと言えば私を気絶させた副部長が悪いですよね」 「ちょ、やめて、こっちに飛び火させないで」  むくれるだけで、とても立候補してくれる様子のない畑野。及川もまさか、そう簡単にいくとは思っていないので、ここで一つ譲歩する。 「じゃあせめて、あみだくじで公平に決めよう。な?」 「だから嫌ですって、潔く部長が死んでくださいよ」 「お高いケーキ買ってやるから」 「私、あみだくじ作りますね」 「畑野ちゃん、それほんとにやばいと思う」  秒で手の平ひっくり返した畑野に青木はドン引く。そして、この変り身の速さには、及川も少し引いてたりする。 「いや、うん、自分で提案しといてなんだが、ちょっとすごいなこいつ。せめて葛藤があるべきだろう」 「というか、俺はあみだくじに納得してないんですけど……あ、そうだ部長、この感じならあみだくじとかいうステップもすっ飛ばせそうじゃないですか?」 「やってみるか……」  青木の言わんとするところを理解した及川は、畑野の傍によると、その肩に手を置く。 「もし、お前が出場してくれるなら、高級ディナーバイキングに連れてってやる」 「今日から私のことは、料理の鉄人と呼んでもらいましょうか」  髪をふぁさあとなびかせて、謎ポーズを取る畑野。 「部長、俺この子の将来が心配です」 「今度、真面目に防犯教室でも開くか」  かくて、都市伝説研究部の代表は、畑野依織に決定した。      * * *    廊下を歩く数人の足音、先頭にいる少女は手元のプリントに目を落とす。 「……私には関係ないな」 「部長、なにかおっしゃいました?」 「いや、なんでもないよ」  結城はそう答えてプリントをくしゃりと丸めると、それをポケットにしまった。そして、次の予定は何だったかと考えを巡らせる。 「確かポーカーのイカサマ云々で喧嘩している校長と副校長の仲裁だったか、まったく、この学校は生徒なんかより教師の方が、余程手がかかるな……そう思わないかい?」  そう後ろを振り返り、困ったような笑顔を浮かべる。しかし、そこにいたのは、険しい表情を浮かべた後輩部員であった。前に向き直り、結城はその理由を悟る。 「ふう……何か用かな、劉君」  そこに立っていたのは、報道部部長、劉啓一であった。その手には、例のプリントが握られている。 「いえ、用というほどのことでもないのですがね。私、これに出場することにしまして、そのご報告を」  そう言って、ひらひらと料理コンテストのお知らせを掲げる。 「そうか、君に料理の心得があったとは意外だが、わざわざ私に報告する意味が分からないな。勝手に出場すれば良い」  怪訝そうに応える結城に、劉はわざとらしく意外そうな顔をする。 「おや、結城さんは出場しないのですか?」 「生憎、それほど暇ではないからね」  劉の真意が全くつかめない。結城はいっそう眉をひそめ、劉はそんな結城を見てニヤリと笑う。 「なるほど……逃げるのですね?」 「はあ?」  あまりに突拍子もない劉の言葉に、気の抜けた声を上げる結城。 「なぜそうなる? 君にしては随分と拙い挑発じゃないか」  言葉巧みな劉のものとは思えない稚拙な煽りに、結城は怒りよりも呆れが先に来る。しかし、彼女を慕う者たちはそうはならなかったらしい。 「劉先輩! それは聞き捨てなりません!」  今まで黙っていた公安部の後輩部員達であったが、今の明確に結城を馬鹿にした発言は看過できなかった。うち一人が、辛抱ならんとばかりに、ずいと結城の前に出る。 「部長が逃げるわけがないでしょう!」 「へ?」  そう、力強く、断言した。  目が点になっている結城をよそに、他の部員も次々に声を上げる。 「我らが部長は完全無欠っ、もちろん料理もお手のもの! 逃げる理由など一つもない!」 「いい機会です。結城部長が、あなたより優れていることを、まずはこの料理コンテストで証明しましょう」 「生徒会に、部長も出場すると伝えてきますね!」 「え、ちょっ、君たち待ちたまえ!」  ようやく、フリーズが解けた結城である。慌てて止めるも、その静止が耳に入らない部員は、脱兎のごとく駆けていってしまった。 「こらっ、廊下を走るんじゃない!」 「なるほど、結城さんも出場ですか、ならば、先ほどの発言は礼を欠いたものでしたね。謝罪しましょう」  頭を下げる劉。そして「お互いに良い勝負にしましょう」と言い残し、去っていく。 「ま、待ちたまえ、私は出場するなんて一言も……」 「部長、あんなやつ、けちょんけちょんにしてやってください!」 「部長を馬鹿にしたこと、後悔させてやりましょう!」 「うっ……」  期待と羨望に満ちた瞳で、結城を見つめる後輩部員たち。それに、言葉を詰まらせる結城。 「あ、ああ、もちろん……だ……と…も…」  言えるわけがない、こんな瞳で見つめられて、言えるわけがないのだ。  昔から、料理だけは苦手なのだと、そんなことは、到底白状できる状況ではなくなっていた。      ・  部室に戻ってきてからというもの、劉は異様に上機嫌だった。鼻歌を歌い、今にも踊りだしそうな足取りの劉を、報道部の部員たちは何事かと思いながら眺めている。 「ただいま戻りましたーっ! と、おや、やけに上機嫌ですね、どうしました?」  そこに、配慮と躊躇を何処かに落としてきたともっぱら噂の井口が帰ってきた。一切のためらいもなく、様子のおかしい劉にその故を問う。こういう時にはありがたいなと思う、報道部の面々である。 「ん? ああ、そう見えましたか。ふむ、確かに、いくらか気分は高揚してるやもわかりませんね。ええ、実は、結城さんも料理コンテストに出場することになりまして」 「ほう、なるほど、結城先輩の手料理が食べられるとわかりワクテカというわけですか。やはり熱愛の線はありよりのありですね」 「ははは、そんなわけがないでしょう、ぶちのめしますよ。いえね、あの優秀な公安部の部長様ですが、調べたところ、どうやらお料理の方は苦手としていらっしゃるご様子でね」  そう言って、邪悪に笑う劉に、井口は若干引く。 「ええ、調べたって……相手は女の子ですよ? ストーカーですか」 「ははは、すりつぶしますよ」  劉は、両手の拳で井口の頭をはさみ、ぐりぐりと動かす。見た目以上の痛みを伴う、わりとえげつない技である。 「ちょ、いた、で、でも、部長って料理得意でしたっけ痛い、待って、ほんといたい痛いいたいっ!」  劉が料理コンテストに出場することを知っていた井口は、彼の狙いが、コンテストで結城を打ち負かし、彼女に恥をかかせることだとは理解した。ただ、劉が料理上手などという話は聞いたことが無かったので、これは当然の疑問である。  井口の言葉を受け、劉は制裁をピタリと止める。そして、窓の傍に歩いて行くと、外を眺めながら穏やかな笑みを浮かべた。 「……そういえば、特に、心得はありませんね」 「部長って、結城先輩が絡むと、途端に思考力がバグりますよね」  部活対抗料理コンテスト、波乱の予感である。    * * * 「さてと……風邪引きたいな」  料理コンテストまであと三日と迫った放課後、畑野は自宅の台所で生気を失っていた。散乱する調理道具、異臭を放つ、かつて食材だった得体の知れない有機物。母親は、一時間前に畑野の手料理を試食したきりトイレから帰ってこない。 「うん、そうだな、余裕を持って四日は寝込みたいな。そういう風邪を引きたい」  何も優勝する必要はない。ひとまず無難なクオリティの料理を作り、当然に敗退すれば良いのだと高を括っていた。そして、少し練習すれば、まあ、ある程度の料理の腕は身に付くだろうと、己の女子力を過信していた。  結果、この様である。  これはもう、不器用とかそういう次元の話では無いだろう。レシピ本に忠実に作っているはずなのに、気がついたら突然変異が起きている。さらに、本番はレシピ本を持ち込めないうえに、お題も分かっていないので、事前にこれと練習することはできない。これでは、大会当日に、どんな呪物をこしらえるか分かったものではない。 「ああ、泣きたい、泣こうかな、あ、もう泣いてた」  失笑どころか、悲鳴が上がるであろう未来を想像して、絶望する。畑野は今、神様が恨めしい。自分にはコミュ力も友人も何も無いのだから、せめて料理の才能くらい与えたもうても良かったのではないか。  しかし、そんなことを考えても何も事態は好転しない。  勿論、本番までは、自宅の冷蔵庫の中を壊滅させてでも死ぬ気で練習するつもりだが、それでも大した発展は望めないだろう。 「いっそ、ばっくれようかな……ダメだな、ディナーバイキングは行きたいもんな……」  この期に及んで食意地は健在なのだから、ある意味大物と言えるかもしれない。                                     (続く)
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