第3話 チキチキ、料理コンテスト ②

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第3話 チキチキ、料理コンテスト ②

「さあ、いよいよ始まります! 第一回部活対抗料理コンテスト、きっと第二回は開催されないでしょう! 司会を務めますのは報道部二年の井口ゆかりです! どうぞよろしく!」  講堂を改装し、この日のためだけに厨房の設備が用意された会場。どこにそんな金があって、どんな技術を用いればこんなにすぐに工事が完了するのかは謎である。  この料理コンテストのために、午後の授業はまるっと休校になった。それだけでテンション爆上がりの生徒と教師、そのほとんどがこの会場に集っている。 「さて、出場選手は、都市伝説研究部より一年の畑野伊織さん、報道部より三年の劉啓一くん、そして公安部より三年の結城沙耶香さん! 以上、僅か三名です! なのに会場はこの賑わい。もっと奮って参加しろよ暇人ども!」  突然、暇人呼ばわりされた衆愚共からブーイングが上がる。だが、井口は、自分は何も間違っちゃっいないと思っているので気にも留めない。 「では、続きまして審査員のご紹介です! 本当は料理研究部の部員さんにお願いする予定でしたが『素人の手料理なぞ食えるか』とボイコットされてしまいました! ではなぜ、一度引き受けたんでしょうね、不思議です! そして、大会の企画者であり特別審査員の理事長は、昨日からマカオに旅行に行っているので不在です! 奴は一度、シメる必要がありますね!」  今度は、この場にいない理事長に対しブーイングが上がる。  特に、教師陣からの罵詈雑言は景気が良い。  本人の耳に入らないのを良いことに言いたい放題である。 「というわけで急遽、特別審査員を用意しました! 生徒会より、生徒会長の椚座栞さん、副会長の椚座祐一くん、そして、書記の七瀬沙良さんの三人です! この人選に、都市伝説研究部の部長が文句を言ってきましたが黙らせました! 拳で!」  都市伝説研究部とかいうミジンコはさておき、高校の二大大勢力で、犬猿の仲で有名な報道部と公安部、その長同士の直接対決である。これは見逃せない。観客の熱狂もひとしおだ。 「頑張れ畑野ちゃん、せめてその眼に光を宿してー」  この世の終わりみたいな顔をしている畑野を応援する青木。及川は、顔に青あざを作って、嫌いな連中リストに報道部を追加している。 「結局、劉部長ってどんだけ、料理できるんだ」 「さあね、あの人が料理してるとこなんて見たことないし」 「まあ、劉部長が勝っても結城先輩が勝っても、どちらにせよネタになるし、良いんじゃねーの」 「都伝部の一年が優勝したら、大穴でめっさ面白くないか」 「それな、応援しよう」  劉自身の方針ではあるものの、まったく身内に対する愛のない、心底ドライな報道部である。  それと対照的なのが、公安部だ。応援うちわに横断幕、応援歌まで用意して、全力で結城を応援していた。 「結城部長―っ! 報道部なんか蹴散らしてやってください!」 「公安部の力を教えてやりましょう!」 「みろ、結城部長を、武者震いをしているぞ」  違う、泣くのを我慢している。 (なんなんだ君たちは、なんの根拠があって私が料理ができると思うんだ)  あれから、何度も練習したが結局、一度もろくなものを作れなかった。何を作っても、なんか違う、取りあえず不味い。何がいけないのか分からず、一人、自宅の台所でむせび泣いていた。  この料理コンテスト、料理できる奴が一人も出場していない。そんな、地獄みたいな状況の中、コンテストは開始の時刻を迎える。 「それでは、料理のお題を発表します。どゅるるるる、でんっ、はいっ、チャーハンです! え、チャーハン? はー、こんなん猿でも作れるじゃないですか、くそつまらん。まあいいや! 後ろに用意してある食材は好きに使ってよいので、調理時間は十五分、じゃあ、調理開始!」  カーンッとゴングが鳴り響く。選手三名は(うち二名は目に涙を浮かべながら)一斉に食材に向かって駆け出した。      ・  カンカンカンカーンッ 「はい、調理終了です! さあ、美味しそうな香りが漂って……る? そうでもない? とりあえず審査に移ります!」  十五分の調理タイムが終了する。調理過程は微塵も見る価値無いうえに、人によっては気分を害する可能性まであったので省略した。  つまり、そういう代物が出てくるのだと覚悟していただきたい。  さて、出場者三名は、自身の作品の前に立ち待機している。   料理は、デッシュドームに隠されていて、今は見ることはできない。三人の様子であるが、程度の差はあれ、だいたいFXで全部溶かしたって感じだ。 「……」 「……些か、早まりましたかね……」 「ふふ、猿でも作れるか……つまり、私は猿以下ということだね……ふふ…ふ……うぅ……」 「ほほう、皆さん自信に満ち溢れた顔つきでいらっしゃる!」  うぇーいと出場者たちをゲッツポーズで指さして、満面の笑みの井口。 「あの司会者の目は節穴なのか」 「だな、明らかに一人泣いているし……って、貴様なぜここにいる!」  いつの間にか審査員席に来ていた及川に、副会長は驚く。会長は、慌てて髪の毛を整えている。かわいいね。 「いやなんか、お前が不幸な目に遭う予感がしたから……」 「何をわけの分からんことを……」 「はい! では、まず畑野さんのチャーハンから審査していただきましょう!」  井口はそう言って、畑野のもとへ駆け寄る。 「では畑野さん、あなたのチャーハンのこだわりを教えてください! おや? 返事がない、ただの屍のようだ。じゃあ、勝手に持っていきますねー!」  井口は、畑野作のチャーハンが載ったお盆を、ディッシュドームをかぶせたまま審査員席まで持ってきた。そして、審査員席のテーブルの上、副会長の前にどんと置く。 「では、オープンッ!」  井口の掛け声と共に、デッシュドームがどけられ、中のチャーハンがあらわになる。  しばしの沈黙、皆が姿を現したブツを凝視する。二十秒程たったころ及川がまず初めに口を開いた。 「……なんだこれ、泥か?」  あんまりな言いぐさである。だが誰も否定しない。そう、畑野のこしらえたものはまさしく泥であった。 「ど、どういうことだ……なぜチャーハンを作ろうとしてこんなものが出来上がる? 特殊な訓練でも受けているのか?」  頭を抱えながら、大層混乱した様子で副会長は畑野に問いかける。それに畑野は、涙をダバァと流しながら弁解する。 「ぢ、ぢがうんでずうう、ちょっど、み、水をいれずぎたというか……」 「いや、チャーハンで水を入れる工程あるか?」 「知りませんよぞんなのぉぉぉ! わたぢ、作ったこともないのにぃぃぃっ!」  調理台に突っ伏して泣きじゃくる畑野に、同情の視線が集まる。 「うへえ、なるほど、これはなかなかですね……それじゃあ試食、行ってみましょう!」  これは無かったことにしようか、確かにそんな空気が流れていたはずだが、それを読む井口ではない。予定通り審査を敢行しようとしだした。 「い、いやまて! 畑野くんには悪いが、これはさすがに人が摂取してよい代物じゃないだろう!」  必死に井口を止めようとする副会長、その横で書記の少女もぶんぶんと首を縦に振る。当然だ、誰だって死にたくない。  仕方ないなあ、といった様子でため息をつく井口。 「じゃあ、女性陣は免除として、副会長さんにだけ試食してもらいましょうか。男を見せてください」 「い、嫌だ……っ」  だろうね。 「まあ、そういわず頑張れよ、副会長」  当然拒絶する副会長であるが、こんな好機を逃す及川ではない。後ろから副会長の頭を押さえて固定すると、無理やり口を開けさせる。 「よし、井口いまだっ!」 「よしゃあ!」 「おがぁっ!」  井口は、スプーンで泥をすくい取ると、それを副会長の口に叩き込んだ。スプーンが歯にあたって痛そうだ。  副会長は覚悟を決め、数回咀嚼しごくりと飲み込む。そして、ゆっくりと顔を、隣に座る書紀の方へ向ける。  彼は、微笑んでいた。日頃のストレスから、常によっていた眉間の皺も今はなく、それは本当に穏やかな笑顔であった。  柔らかい表情のまま、副会長はそっと口を開いて一言、 「あかんわ」  そう呟いて、そのままぶっ倒れた。 「ちょっ、副会長⁉」  「ゆうくん⁉」  慌てて駆け寄る、書記と会長。副会長はぴくぴくと小さく痙攣している。駆けつける保健委員。 「眼球運動を確認しろ!」 「タンカーを持って来い!」 「急患です! 道を開けてください!」 「もうやめてぇぇぇぇっ! 私が最下位でいいでずがらっ、もうやめてぇぇぇっ‼」  突然の事態に騒然とする会場。悲鳴を上げる畑野。防げた悲劇ではあった。そんな中、公安部部長の結城は、場を鎮めるためにマイクを手に取る。 「皆、静粛に! 今回の料理コンテストは中止だ! いくら料理に失敗したからといって、この様な即効性の毒を錬成することは不可能だろう! つまり、材料の中に、えげつない腐り方をしたものがあったに違いない! よって、今回作ったチャーハンは、誠に残念ながら破棄するものとする!」  そう言って、秀逸な動きで自身のチャーハンをゴミ箱に叩き込んだ。劉は、やや不服そうにしながらも、己のチャーハンも大概な代物なので、おとなしくゴミ箱に捨てる。  こうして、第一回部活対抗料理コンテストは、ただ食べ物を粗末にするばかりで、悲劇のみを生みだして幕を閉じた。  本当に良くないと思う。    ***  放課後、夕方の朱色が差し込む部室。ゆっくりとそのドアが開かれ、畑野が現れる。 「……恥ずかしながら、生きて帰って参りました」  そう言う畑野の顔は、泣き疲れてかなり憔悴していた。 「いや、何というか、今回はまじですまんかった」 「畑野ちゃん、大丈夫? ごめん、何て声をかければ、良いのか分からないけど……」  流石の及川も、今回畑野が負った心的ダメージを考えると罪悪感で胸が疼いた。いくら副会長に総部会の復讐をしたかったとは言え、あれはまずかったなと思う。青木も、どうにか畑野を元気付けようとする。  「ははは、いいんですよ。私に失うものなんて何もありませんしね……あ、なんか、あのあと公安部の部長さんがやけに優しくしてくれましてね。むしろ儲けものかなぁなんて、へへへ」  畑野は笑うが、その眼に光は無い。 「で、ディナーバイキングはもちろん、寿司でも、ケーキでもなんでも食わせてやるぞ! 何か、食べたいものあるか?」 「食べる以外にも、他にしたいことあったら何でも言ってね。俺たちにできることなら応えるから」 「あれ、なんか部長たちまで優しいですね。今日は良い日だなあ」  そう言う畑野の瞳には、乾いたはずの涙が浮かんでいた。 
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