第4話 赤点 回避 方法 [検索] ①

1/1
前へ
/14ページ
次へ

第4話 赤点 回避 方法 [検索] ①

「ではこれより、北塔高校総部会を始めます。起立」  生徒会副会長、椚座祐一の号令を合図に、会議室に集った者たちは立ち上がり礼をする。「着席」の声で皆は再び席に着き、会議が始まる。  北塔高校総部会、部活と委員会全ての組織の長たちが一堂に会し、学校全体の方針を話し合う場だ。  皆が着席したことを確認して、副会長は会議を進行させる。 「次の期末テストですが、赤点を三教科以上とった生徒が一人でも所属していた場合、その部活は二週間の活動停止処分となることが決定しました。ので、その確認をさせていただきます」 「確認? 採決ではないのかい?」  副会長の言葉に、公安部部長の結城沙耶香が疑問の声を上げる。  これまでの総部会は基本的に何らかの議題が示されて、その是非が議論される場であった。しかし、今回は最初から議題の実行が決定されている。結城の疑問は今この場にいる長たちの総意でもあった。  生徒会長の椚座栞は、結城の方を向き質問に答える。 「うん、今回のこれは理事長からの命令なんだよね。だから私たちに拒否権はないんだ。なんか皆、中間テストの成績がすごく悪かったらしくてさ……」 「ああ……なるほど、そういうわけか」  事情を知り結城は納得する。  ろくな学校運営をせず生徒と教師を振り回すだけの理事長であるが、まがりなりにも学校の最高権力者である。その発言力は極めて強い。 「しかし、我々のような部活であれば、連帯責任、自己責任で納得がいきますが、公安部の活動が止まるのはまずいでしょう?」  テニス部の部長が手を挙げ、発言する。他の面々も、隣に座る者と頷きあいながら「確かに」とその意見に同意する。  皆がこの様な反応をするのには、次のような事情があった。  まず、北塔高校の教師陣は総じてカスである。生徒指導の先生を筆頭に、基本的に賭け事のことしか頭にない、分かりやすいダメ人間ばかりだ。  無論例外もいるが、その例外も例外なりに何らかの問題を抱えているので、結局この高校の教師には、「大人」として不足している連中しかいない。  当然そんなダメ人間どもに学校の秩序維持や生徒の指導といった高等なことなどできるわけがない。そこで、その役割を担っているのが公安部である。この公安部が校内における迷惑行為を取り締まり、不正を摘発してくれるからこそ、北塔高校は辛うじて秩序を保っている。  故に、もしこの公安部が二週間も活動を停止するようなことになれば、学校の秩序は崩壊し、学び舎としての機能を果たせなくなるのだ。  しかし皆の懸念をよそに結城の顔は涼しげである。彼女はテニス部部長の方を向き、口元に笑みを浮かべてその疑問に答える。 「心配には及ばない。私たち公安部には赤点を三つも取るような愚物はいないし、いらないよ。万が一そんな輩が出れば即免職処分さ、そいつは公安部員じゃない。よって、公安部の活度が停止する事態は起こりえない」  物凄い力技であった。これは良いのかという疑惑の対処法であるがこれで良いのだ。学校が無法地帯になるよりずっと良い。 「どの部活も各々の目標に向けて日々努力していることは知っています。だからこそ、私は皆さんの活動が二週間も停止されるような事態は望みません。ですのでどうか、期末テストには真剣に臨むよう各部員に伝えて下さい」  これ以上話し合うことはない、そもそも話し合ったところで意味が無い。  会長の言葉を最後に、今回の総部会はお開きとなった。      * * * 「そういうわけだから、お前ら赤点なんかとるなよ」  放課後、都市伝説研究部の部室にて、部長の及川宗一郎は、二年の青木浩介と一年の畑野伊織に事のいきさつを伝えた。 「了解です。まあ、普通に勉強してたら赤点なんか取りませんよ。しかし、今回のは、珍しく俺たちに有利ですよね」 「だな、まさか部員の少なさに感謝する日がこようとは」  都市伝説研究部、通称都伝部の部員はこの場にいる三人ですべてである。部活として認められるギリギリの部員数だったりする。  いつもは、この部員の少なさゆえに何かと不都合を感じることの多い都伝部であるが、今回は例外だ。部員が多い部活ほど、赤点三コンボが発生する確率が高くなる訳だが、都伝部ならばたった三人がそれを回避すればよいのだ。  これはもう勝ち確同然といえるだろう。 「まず部長は問題ないでしょうね。いつも学年の上位十人には入っていますし」 「青木も平均点を下回ったことはなかったよな。今回もいつも通り頼むぞ」  何かと評判の悪い及川であるが、学業の成績は優秀であった。何かやらかしても学力マウントで煙に巻こうとするので、この優秀さが彼のタチの悪さに拍車をかけていたりする。  青木は勉強にせよスポーツにせよ何でも器用にこなすタイプだ。もっと真剣に取り組めば、優秀といわれる程度にまで成績を上げることも可能だろう。  とりあえず、三人中二人の心配は無用であるといえる。さて、残る一人であるが……及川は、畑野の方を向き、声をかける。 「畑野、お前の成績はどんなもんなんだ?」 「そういえば、畑野ちゃんと勉強の話をしたことってなかったよね」  先ほどからずっと黙りこくっていた畑野は、自分の名前が呼ばれ、びくっと肩を震わせる。そして、質問に答えることなく沈黙を続ける。 「……おまえ、この前の中間テスト、何点だった?」  この反応は良くない。分かりやすく嫌な予感がする。及川はやや険のある声で、さらに質問を重ねた。  決して逃がさないという声色に、畑野は恐る恐る口を開く。 「……世界史は、八十九点でした……」  途端、緊張の糸がプツンと切れ、場の空気が和らいだ。八十九点はなかなかの好成績であると言えるだろう。 「なんだ、かなり取れているじゃないか。妙な雰囲気を醸すからびびったぞ」 「畑野ちゃん、世界史得意なんだね。それで、他の教科の点数は?」 「そうですね、なんにせよ世界史は八十九点です。はい」  目を泳がせながら、頓珍漢な回答をする畑野。 「いや、だから、世界史以外はどうだったんだと聞いているんだが」 「まあでも、世界史が八十九点なのは確かなんですよ。私は、その事実さえ分かればいいと思うんですよね」  沈黙に包まれる部室。畑野は大量の汗をかき、及川や青木と目を合わせようとしない。  及川は小さくため息をこぼすと、パチンと指をはじいた。 「えっ、ちょっ、何するんですか⁉」  青木は瞬時に畑野の後ろに回り込み羽交い絞めにする。畑野が動けなくなったのを確認して、及川は彼女の鞄をあさり始めた。 「どうせお前のことだから、中間テストの成績表も入れっぱなしにしてんだろ」 「あ、こらっ、乙女の鞄をあさるとかっ、何考えてんですか!」 「お前ごときが乙女とか、おこがましいわ。身の程を弁えろ。にしても汚い鞄だな、整理しろよ……ああ、なんか絡まった。なんだこれ、縄か、だから何で縄を持ち歩いてんだよ頭おかしいのか……あ、あった」  ガサゴソと鞄の底からクシャクシャに丸められた成績表が出土する。 「うおおおおおっ、やめろおおおおおっ」  足をバタバタと動かして、必死に拘束から抜け出そうとする畑野であるが、青木はそれを許さない。 「え、ちょ、青木先輩っ⁉ 力強過ぎじゃないですか⁉ 私、女の子ですよ!」 「畑野ちゃんに対する女子ゆえの遠慮とかね、俺たちはもうとっくに捨てたんだ」 「諦めろ畑野。さて、どんだけひどいんだ……」  喚く畑野をよそに及川は成績表を広げる。そして、その内容を見て――――絶句した。 「お、おま……これ……」 「やめてください、ゆるしてください、ごめんなさい」 「え、そんなにやばいんですか」  もはや抵抗を止め、手で顔を覆って項垂れるだけになった畑野を開放し、青木は及川の傍による。そして、及川の肩越しに畑野の成績表を覗き込んだ。 「うわ、血みどろじゃないですか」  そこには、世界史以外が赤く染まったグロい光景が広がっていた。教師陣がまともなら、とっくに親が呼び出されているレベルである。 「畑野、お前これ出来が悪いとかいうレベルじゃないぞ。死んでるよ、この成績はな、もう死んでいる」 「何をどうしたらこんな有様になるのさ、太宰府天満宮に土足で上がり込んで、道真公をぶん殴りでもしたの?」  畑野の反応を見るに、大概な成績を修めているのだろうことは予測していた二人であったが、想像をはるかに超えてきた。成績をネタに畑野をいじる余裕もないほど震撼している。 「ち、ちが、これはちょっと勉強をさぼっただけで……本気を出せばまだマシになるというか……」 「いや、本気になってどうこうできるアレじゃないからな、これ。本気出して赤点回避できる奴は、多少さぼったところでこんな地獄はつくれないんだよ」 「ぐう……的確に心に傷を負わせてきやがる……正論なら何を言っても良いと? ほんとにそう思ってるんですか?」 「やかましいわボケナスが」  及川は大きくため息をついて椅子に座り頭を抱える。期末テストまであと二週間、今から死ぬ気で勉強させればどうにかなるのであろうか、と。 「畑野ちゃん、期末テストの勉強はもう始めてるの?」 「明日からがんばろっかなあ……なんて……」  「明日も同じこと言うやつだね……はあ……」 「あ、あの私が悪いのは分かってますから……お願いですから、二人してため息をつくのだけは勘弁してください……」  これならまだ、いじり倒される方がはるかにましだったと畑野は項垂れる。及川は、そんな畑野をしばらく見つめて、おもむろに口を開く。 「というか、だ。畑野、お前友達もいないうえに勉強もできなくて、おまけに料理もできんのだろう。お前の取り柄ってなんかあんのか?」 「部長、いくらなんでもそれは言い過ぎです。ほらぁ、畑野ちゃん泣いてんぢゃん」 「ふぐぅ……」  他者を慮ることのできない及川節が炸裂し、青木は畑野の擁護にまわる。 「すまん、ついな」 「部長はもっとオブラートに包むということを覚えるべきだと思います。それをしないから人との軋轢が増えていくんですよ。事実ならなんでも、そのままぶちかまして良いわけじゃないんですからね」 「青木……ぜんっぱいっ……ぞれ、擁護できで……ないっ……でずぅ」  擁護かと思ったらとどめだった。畑野自身、人に誇れるものが何もないなと思ってはいたので、及川と青木の言葉は胸に刺さった。結城に聞いたなら「君には類まれな戦闘力があるじゃないか!」といい笑顔で答えてくれるだろうが、畑野にその自覚がないので誇りようがない。というか、誇ってよいものかどうか微妙である、アレは。  すっかり消沈してしまった畑野を見て及川と青木もこれ以上、彼女を責めることはやめた。もともと責めていたというよりは、畑野の成績の惨状に動揺して、色々口走ってしまっていただけなので、ここにきてようやく落ち着きを取り戻したと表現した方が正しい。 「……まあ、現状を嘆いていたってなにも事態は好転しないしな」  そう言って及川は、手をぱんっと叩いて気持ちを切り替える。 「よし、畑野、明日から猛勉強をするぞ」 「良かったね畑野ちゃん。部長、勉強だけはできるから、勿論俺も一年の範囲なら教えられると思うしさ、一緒に頑張ろう」 「うう、ありがとうございますぅ……」  二人の優しさに、今度は嬉し涙を流す畑野。  こうして、平日は昼休みと放課後を、休日はその日一日を使い、及川と青木は畑野の勉強を見ることとなった。                                (続く)
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加