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月下美人はおかしな夢を見る
――月下美人はおかしな夢を見る。
コーヒーの香ばしい香りが充満している此処は、地下一階にあるカフェ『KAWA's』のうす暗い店内、角席――僕の対面のうすいグレーのソファ席に座る、品の良さそうな金髪の男性は、黒茶のサングラスをかけている。――形はレンズの角がややつり上がった、四角い形のサングラスだ。
そして僕はコーヒー色の、真四角のテーブルを挟んで彼の対面の椅子に腰かけ、この目の前の端正な男性を探るように眺めている。
そのサングラスをかけた、ホワイトブロンドの髪をオールバックにしている男性は今、右手の人差し指と中指、そして親指でつまんだ白いコーヒーカップから、一口ホットコーヒーを口に含むと――鷹揚な動きでそれを、目の前のテーブルに置かれた白いソーサーへ、ほとんど音も立てず優雅に置いた。
「…………」
「…………」
そしてその男性は、ソーサーごとそのコーヒーカップを目の前から左側へすーっと静かに避けると、どこか厳かな低い声で――それでいてまるで神父様のような、優しげな響きのある声で、僕へとこう言ったのだ。
「――さて。…さあそれではユンファさん…貴方の手を、こちらへお願いします。」
「……あ、はい…、…」
とんとん、と僕の対面に座るサングラスをかけた男性の、その清潔そうな人差し指のさきが叩いた真四角の木製テーブル――テーブルのふちギリギリにある、幅のせまいブックエンドに黒いメニューブックが立てかけられ、その内側に白い灰皿があるテーブル――の中央あたり、僕は彼に示された位置に、自分の白く大きな右手のひらを置いた。
ちなみに、この男性がいま呼んだ名前の人物――ユンファさん、…そのユンファとはまさしく、僕のことである。
正確な僕の名前は、月下・夜伽・曇華だ。…名前の響きはどこか女性的だが、僕はまあまあ長身なほうのオメガ男性である。
そして僕は、このカフェ『KAWA's』の店員だ。――ただ、僕の名前をいま口にしたこのお客様の男性と僕は、もちろん初対面なのだ。
とはいえ――僕は別に、彼に名前を呼ばれたところでなにも驚いてはいない。
つい先ほどこの店のマスター、ノダガワ・ケグリ氏がこの男性にあることを頼まれた際、「あぁもう、煮るなり焼くなり、このユンファなら貴方のお好きにしてください」と投げやりに、僕のその後の行方をゆだねたのだ(そう、それで僕はこうなっている、テーブルの上に手をのせて彼に差し出している)。――そうだ。そしてそのとき、ケグリ氏は間違いなく僕の名前を口にしていたため、そうして彼は間接的に僕の名前を知り、今ユンファさん、と僕の名を呼んだのだろう。
「…………」
「…………」
正直――この人の意図はまるで読めない僕だ。
僕の手を見たいという、この盲目の男性の思惑とは、いったい何だ――?
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