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「はーっ……はーっ……」
すっかり静かになった屋敷の中庭で、ごんは見えない筈の両目を見開き、泣きながら肩で息をしていた。
その手には誰かから奪い取った手斧がある。すっかり歯溢れしたしたそれは、柄の先までどす黒い血で染まり、ごんの身体もまた血で汚れていた。
屋敷の中は死体で溢れていた。
屈強な男たちも、気ぐらいの高そうな老人も、その場にいた全員を例外なく切り伏せた。今、屋敷の中で立っているのはごん1人だけである。
「あうぅ」
赤子が何かを言った。この子の声を聞くのは出会った時以来の事だ。
「ひっ、ヒイイイッ」
赤子の示した方を見ると、そこには宗玄がいた。意識はあるようだが、両足が潰れてしまっている。
近寄ってくる幽鬼めいた子どもから逃れようと、老人は身を捩る。のたうち回る様が芋虫のようだなと、いつしか飯に入っていた生き物を思い出した。
「儂らを殺して、赤子に食わせるつもりか……!」
「食わせる……?」
とたんに赤子が歓喜の声を上げた。
いつも人間の食い物や怪異の死骸ばかりを食べてきた。ずっと空腹を我慢していたのだ。目の前にあるご馳走の山が、赤子は欲しくて欲しくて堪らなかった。
「……いけないよ」
そっとごんは赤子の口を塞いだ。可哀想に、腹を空かせている。てらてらとしたよだれが、ごんの手を濡らした。
「お前は確かに悪しきものを喰らう子だけど。あれほどの外道を食べては、腹を壊してしまう」
むずがる赤子をあやすように背を擦る。
「――もし、どうしても我慢が出来なかったら、俺を食べろ。俺は今、鬼の道に落ちた。俺を食べて、それで終わりにしろ」
赤子はきょとんとした大きな目でごんを見つめた。真っ赤な目は、何かを考えるように揺れると、ゆっくりと瞼を下ろした。
ぷうぷうと、可愛らしい寝言が耳の傍で聞こえる。
「……決めた。お前の名前は『永遠』だ。これからもずっと誰も喰わず、できるだけ永く生きられるように」
赤子の柔らかい髪に鼻面を押し付けて息を吸う。自分と同じように血を浴びた赤子からは、やはり血の匂いしかせず、その事が何故だかひどく申し訳なかった。
駿河の国の山道を、1人の僧が歩いていた。
真っ黒な変わった僧衣を纏い、背には三味線を背負って、手には錫杖の代わりに赤子を抱いていた。
「あら、珍しい格好のお坊さん」
「こんにちは」
近くの村の者だろう。すれ違った老婆が声をかけてきた。腕の中の赤子を見て「可愛い子だね」と頬を緩める。
「何て名前だい?」
「この子は永遠と言います」
「変わった名前だねぇ、あんたは?」
「俺は……」
僧は少し考えてから、薄く微笑んでこう名乗った。
「――私は、天城といいます」
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