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恋バナ
(スイラside)
「ねえ、スイラは好きな人いないの?」
前を泳ぐ海は振り向いてそう尋ねた。
「う〜ん、なんていうか僕は、好きっていうのがまだよくわかんないんだよね」
答えを探るように、僕は視線を上に泳がせた。白い魚の群れがヒュッと目の前を通り過ぎた。
「スイラが思う『好き』はどんな感じなの?」
海は僕のほうに向きなおって体を寄せながら、水をかいて後ろ向きに前進する。青い短髪がゆらゆらと波に揺れていた。
「言葉でうまく言えないんだけど、ライやコノハがお互いに感じてるのとは違う感じ」
「恋愛感情とは違うってこと?」
僕はあいまいにうなずいたあと、かすかに首を左右にかしげた。
「憧れ……に近いのかな。同じ立場にいるから、いやでも比べちゃうっていうか。彼のほうが僕よりいろいろ優れてるから」
「それ、誰に感じてるの? ……か、聞いてもいい?」
海は遠慮がちに尋ねた。僕は一拍おいて「ライ」と答えた。
憧れなんて綺麗なものじゃない。僕の彼に対する感情は強い嫉妬だ。
海はゆっくり瞬きした。
「それって、恋愛感情とどう違うの?」
何が違うんだろう。僕はあらためて考えてみた。
恋愛感情ってなんだろう。僕にはあまり実感のない領域だ。
好きだから胸がドキドキする。好きだからいっしょにいたい。相手をひとりじめしたい。肉体関係をもちたい。相手を支配したい。
人によって感覚は違うと思うけど、僕の語彙だとこれくらいしか思いつかない。そのどれにも当てはまらなさそう……と吟味していき、ひとりじめという言葉で思いとどまった。
──彼をひとりじめしたい。ないこともなかったかもしれない。
思えば、彼には一度そんなことを言った。彼のなかで、僕の優先順位がコノハより高い位置に入らないことを、無情にも責めたことがあった。あれは彼をひとりじめしたかったからなのかもしれない。
悶々と逡巡する僕を、海は背中で聞いている。ふっと彼は振り返った。
「同じ立場だから比べちゃうって言ってたけど、同じ王族のコノハちゃんには、そういう感情を抱いたことはないの?」
はるか上を見上げると、水面に近い水が揺らぐ。僕の心を表すように。
思えば、僕はコノハに同じような感情を抱いたことはない。彼女も僕よりずっと優れていて、やさしく思いやりがあって人格者であることは間違いない。だけど、彼女に嫉妬したことがないのはどうしてだろう。
僕とライに共通し、コノハには共通しないもの。それを考えてみると、やはり思い当たるのは2つしかない。
「年齢と性別……なのかな」
言いながらも、僕は首をかしげた。王族であることも、同じ学校であることも共通だけれど、コノハと違うのはここしかない。我ながら不思議な感覚だった。僕はそんなところで彼女を区別しているのだろうか。
「年齢っていっても、1歳しか違わないじゃん」
そう。そうなんだ。僕は13で彼女は14。だけど、僕の心のなかにはどこかにある。彼女は僕より年上だから、僕より優れているのは自然だという発想が。
だから、なおさら同じ年齢であるライとは比べたがってしまうんだ。同じ13歳なのに、どうして差がつくんだろう、と。
性別の違いは……なんなんだろう。考えようとすると労力を使いそうで、僕はお手上げだと言うように頭を振った。
「コノハには抱いたことない気がする。そういう感情は」
僕らはあてもなく水のなかをさまよった。ふだん海に行く習慣のない僕にとって、水面が見えないほど潜るのは新鮮な感覚だ。
海はナイショ話をするように声をひそめた。
「……僕、スイラはライのこと、恋愛的に好きなのかと思ってた」
「どうして?」
「ん〜、なんとなく。でも、友だちとは少し違うんだろうなって」
海の「友だちとは少し違う」という言葉は僕のなかでしっくりきた。でも、僕は「友だちとは違う特別な関係」が恋愛関係だけだとは思わない。彼と僕は恋愛関係ではない、そんな気がした。
「僕と彼は恋愛関係じゃないと思うんだよね。なんとなくそんな気がする」
そう口に出すと、海は少し語気を強めた。
「……それって、男どうしじゃ恋愛感情は生まれないって思ってる?」
「え? ……ううん、そうは思わないよ」
僕は首を振った。
仮に彼が女だったら、むしろ僕は特別な感情を抱いてなかっただろう。だって異性であるコノハには、そんな感情を抱いてないんだから。
同性だからこそ、憧れる感情が生まれてしまうんだ。
海との対話で、僕の心のなかは少し整理することができた。同時に、自分が性別で壁をつくってしまっていることにも気づいて、少し反省した。
考え事をしていると、泳ぐよりもその場にとどまっていることが多いことに気づく。前を泳ぐ海はときどき僕のほうに戻ってきた。
「海は? 好きな人いないの?」
「いるよ。けど、振られちゃったし」
「そうなんだ」
こういうときにかける言葉がわからず、僕はできるだけ波風を立てないよう、やわらかに言った。
「まあ、振られるってわかってたからいいんだけど。逆に諦めがついたっていうか」
「そうなの?」
「うん」
海は勢いよく水をかいて、僕と距離を離した。これ以上は話したくないようだった。
振られるのがわかってる相手ってなんだろう。すでに別の恋人がいるとか?
そんなことを考えながら、僕は彼の背中を追った。
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