林檎が腐るまで

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 息を深く吸い込むと、得体の知れない揮発的な有害物質が鼻腔を刺激する。目を開けると、そこには油絵具もキャンバスもなくて、ただいつもと同じジャージを着た先生がいる。 「アタリをつけたら、一旦手を止めて待っていてください」  先生の指示で、輪郭を描こうとした手を止めた。目の前の林檎は真っ赤に熟れて、蛍光灯に照らされて火照っている。 「影、もうちょっと大きくてもいいよ」  不意に、後ろから私の描いた林檎の影を指摘された。骨ばった指が白い紙の上を滑る。すぐそばにある先生の喉仏を見て、私は熱が上昇するのを感じた。
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