ねえ、いまくん

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ねえ、いまくん

 早朝のシャワーのあと、ユニットバスの鏡はぼうっと曇って僕のシルエットを映す。髪があと2センチ伸びたら、衣真(いま)くんに告白しよう。  大学に合格してから髪を伸ばし始めた。「伊藤なら長髪も似合いそう」と何人かに言われて、そんな気がしてきたから。せっかくなら似合う格好をしたいものだし。  快活な美容師さんいわく「今が伸ばしかけの一番面倒なとこ」らしい。結ぶにも結べず、前髪を分けて下ろしておくしかない。不満に口を結んでドライヤーの風を当てていく。  ワンルームに据えた大きな姿見を覗く。きちんと乾かして櫛も入れたのに、モサモサと格好のつかない髪型だ。こうなるとおしゃれの気力も湧かない。  どうせ服も靴も登校の間に梅雨(ばいう)に濡れてしまう。  あと2センチ我慢して、かっこいい状態で告白したい。  素敵な衣真くんの恋人が、こんなモサモサな髪ではいけないと思うのだ。  あ、でも。今日は衣真くんと会える日だから。ブルーグレーの開襟シャツを手に取る。  「好きな人のためのおしゃれ」は楽しい。東京に来てから買ったレインシューズを履いて、浮き立った気分で家を出た。
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