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なんでも、今学校ではいろんなおまじないが流行しているらしい。
その中でも特に“効果があるけどハードルが高い”とされているおまじないが、夜の学校で行うものだというのだ。
「満月の夜に学校に忍び込んで、水飲み場で手を洗うのね」
カスミちゃんはニヤニヤと笑いながら話してくる。
「具体的には、月が見える晴れた夜の……九時以降じゃないと駄目なんだってさ」
「九時い?また何でそんな時間に」
「いかにも夜って時間じゃないと駄目ってことだと思う。で、三階の……どこでもいいから水飲み場で手を洗って、鏡に濡れた指で好きな人の名前を書く!そうすると恋が成就するらしい!」
「へえ」
一体誰が考えたんだそんなの、と私は呆れてしまう。確かに水で書いただけの文字なら、翌朝には渇いて消えていそうだが。そもそも、夜の九時に学校に忍び込むというのが難しすぎる。
そりゃ、九時くらいなら先生達は残業で残っているかもしれなくて、職員用玄関から中に入ることはできるのかもしれないが。そもそも我々は小学生である。家を抜け出す言い訳をどうするつもりなのか。
「家を抜ける時は、忘れ物したからとでも言えばいいと思うの!」
そんな私の心を読んでか、カスミちゃんがぐっと親指を立てて言う。
「というわけで明日満月だから、あたしに付き合っておくれセナちゃん!」
「え、嫌なんですけど?なんで一人でやらんの?」
「夜の学校なんて一人で行けるわけないじゃん!怖い!むり!ぜったいむり!キョムリ!!」
「そう思うならそんなおまじない実行しようとすんなし!大体、誰の名前を書くつもりなんだよ!?」
私がそう突っ込むと、カスミちゃんは一瞬にして顔をゆでだこにしてしまった。そしてちらっ、ちらっと教室を振り返る。もしやこれは。
「……アサヒくん?普通に告白すりゃいいじゃん」
私の言葉に、むりいいいい!とカスミちゃんは泣き声を上げたのだった。
「あたしガサツだもん!男っぽいもん!ぜってーあいつに女の子だと思われてない!むりむりのむり!おまじないにでも頼らなきゃむり!ムカつくけどあいつモテるし!でもって六年になったら同じクラスじゃないかもしれないしいいいいい!」
「……ああもう」
私はため息をついた。こうなったカスミちゃんは、誰がどう言っても聞く耳なんて持たないだろう。こういう時は決まって、私の方が折れるしかないのだ。
しかも記憶にある限りだと、明日の天気予報は晴れ。というか、暫くずーっと秋晴れが続きますよという予報だったはず。まだ九月だからして、夜も寒いということはないだろう。
「……今回だけだからね」
私は仕方なく彼女にそう伝えたのだった。彼女の一生のお願い、というのを何回聞いたっけと思いながら。
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