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見つけにくい物?
美憂は部屋で探し物をしていた。
夏がようやく去って、ファッション的にも、暑くてももう、秋の物を準備しないとおかしな服装になってしまう。
ちょうど季節の変わり目に羽織る薄手のカーディガンを探していたのだ。
春先に着る淡い水色のカーディガンは見つかったのだが、これからのシーズンに着るのに丁度良い、少し濃いモスグリーンの色の薄手のカーディガンがどうしても見つからない。
美憂はクローゼットにすべての洋服をかけてあって、右には冬物、左には夏物。真ん中辺にボトムスと決めている。入れ替えが面倒なので、衣類はなるべく少なく、クローゼットに掛けられるだけと決めている。
だから、こんな風に衣類が迷子になることはなかったのだ。
ただ、その季節の中間に着る衣類は、その年の気候によって、夏寄りにあったり、冬寄りにあったりして、ちょっと場所が不確定なので少々見つけにくいのかもしれない。
散々探して、美憂は疲れてしまった。
クローゼットの前に座り込んで、後ろにあるベッドにもたれかかった。
すると、クローゼットの下に置いてある、畳んだものを収納している小さな箪笥の奥から、探していた色の布地が、なにやらもぞもぞとクローゼットの出口に向かって見えているではないか。
美憂は、少し濃いモスグリーンの薄いカーディガンの布地をそっと引っ張ってみた。
「きゃっ!」
なんと、てのひらサイズの小さな女の子がカーディガンにくっついている。
「あぁ、びっくりしたぁ。」
いやいや、驚いたのは美憂の方だ。
「あなた、誰?っていうか、何?人のクローゼットで何してるの?」
「じゃなくて、そんなに小さいってことは、人間じゃないし・・・」
美憂は動揺して、自分が何を言っているのか分からなくなっていた。
「あぁ、驚かせて、ごめんね。」
「私はね、一応このクローゼットの精とでも言えばいいかしらね。ここに住んでいるの。」
「美憂さんのクローゼットって言うのも知っているけど、それぞれのクローゼットには一人ずつ妖精がいるのよ。」
「今、美憂さんはこのカーディガンが無くて困っていたわよね。」
「そういう時に、そっと見えるところに置くのが妖精の役目の一つなの。」
美憂は、言った。
「でも、そっとって、思いっきり見えてるけど。」
妖精も言った。
「あぁん。だって、今さっき、美憂さんベッドに寄りかかってうとうとしていたから、今がチャンスと思って。クローゼットのドアが開いている時は、本当はあまりやらないんだけどね。」
美憂は言った。
「でも、助かったわ。確かにこれを探していたのよ。どこにあった?」
妖精が言った。
「あのね、ハンガーから滑って落ちて、箪笥の後ろに隠れていたわ。」
「ちょっとぷんすかしているから、一度そっとほこりを払って、外の風に当ててあげてね。今回なかなか出番がなかったのも怒っている理由みたいだけど。」
美憂は言った。
「そっかぁ。夏が長かったからね。出番が遅れたうえにハンガーが滑りやすかったか。わかった。ちゃんと埃払って、少し外の風に当ててから着るね。ありがとう。」
妖精はピョンと、跳んで嬉しそうに言った。
「わぁ、クローゼットの持ち主からお礼言われるなんて初めて。」
美憂は笑った。
「これからは、お洋服だすたびに思い出して、お礼を言うわよ。探してくれてありがとう。」
と、改めてお礼を言った。
**********
美憂は、自分が笑い声をあげながら寝ていたので驚いて起きた。
『あれ?なんだっけ?何笑ってたのかな。あ、カーディガン見つけた。陰に落ちてたのかぁ。』
美憂はベッドに寄りかかったまま、うたた寝をしていたようだ。
何の夢を見たのかは忘れてしまったが、探していたカーディガンは無事に見つけることができた。
『何か誰かと話したような気がするんだけどなぁ。』
美憂は、カーディガンがかかっていたハンガーを確認すると、
「あぁ、これじゃ滑りやすいね。それでおちたのか。」
と、つぶやき、今度は滑りづらいハンガーにモスグリーンのカーディガンを掛け、軽く埃を払って外の風が当たる場所に干した。
クローゼットの妖精は、閉められたクローゼットの中でほっと胸をなでおろした。
人間に見つかったりすると、妖精王に叱られてしまう。
うまく、美憂の心に忘れ草の雫を落とせたので、美憂は妖精の事をすっかり忘れてしまった。
秋めいた風を通したカーディガンをクローゼットに架けなおしに来た美憂は
「今年もよろしくね。出てきてくれてありがとう。」
そう、お礼を言って、カーディガンをクローゼットにしまった。
クローゼットでは、妖精が、嬉しそうにピョンと跳ねた。
【了】
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