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「2人とも準備ご苦労様。私も戸締りしてきたよ。さぁ行こうか」
しばらくして先程人間になったオーナーがバスに乗り込んできた。40代ぐらいの細身で落ち着いた雰囲気の男性だ。
「こちらも準備オッケーです」
鳥の姿のアビが答える。
「じゃあ出発します」
柿島はバスのドアを閉めるとゆっくりと静かに発車した。ライトがぱっとついて行く道を照らす。
「19時20分少し前。うん、いつも通り宮島海陸バスターミナルに到着だ!柿島くん、アビくん、今日もよろしくね」
バスが停まると待合室で待っていた3人の客がバスに近づいてきた。扉が開き、アビは客の情報が入った端末を片手にバスを降りる。鳥の彼は背が低く、客を見上げるかたちで挨拶をする。
「お待たせいたしました。皆様ようこそ夜行バス『ディープドリーム』へ。東京まで案内をつとめる車掌のアビと申します。よろしくお願いいたします」
アビはお辞儀をした。スーツを着込んで車掌の帽子をかぶっている鳥は人間が見れば驚くだろう。しかし、海の中では誰もふしぎに思わない様子だ。
「こちらは運転手の柿島、そしてオーナーの宿川です。宿川は柿島と交代で運転いたします」
柿島とオーナーがお辞儀をする。
「それでは順番にご案内いたします」
まず高校生ぐらいの人間の女性が近づいてきた。青っぽい黒髪をポニーテールにしている。
「……お荷物、お預かりします」
柿島が女性から荷物を受け取ってトランクに詰める。
「お名前を」
「……道野歩美です」
女性はぶっきらぼうに答えた。少し機嫌が悪いのかもしれない。
「はい確認いたしました。どうぞ良い旅を」
女性はバスに乗り込んだ。
次の客は……
「こんばんは!」
「あ、びっくりしました?」
丸くてツルツルなイルカの頭で、人間の体をしている背の低い2人が立っていた。足の間からはゆらゆらゆれる尾びれが見える。
「あ、あのこれはどういう……」
アビは初めてみるその奇妙な姿に少し戸惑った。
「僕たち人間に変身するのが下手くそなの」
「人間に変身する能力、値段は高かったけど使いこなせるかは買った本人次第らしくて」
高めの声で2人は説明をした。
「能力を……買う?」
アビはふしぎに思ったことを口にだす。すると2人は驚いた顔をした。
「えー!知らないの?海の魔女様が売ってるじゃん!」
「このあたりは有名じゃないのかなぁ。海の魔女様が陸にあがるための人に『人間への変身能力』を売ってくれてるんだよ」
アビは2人のスーツケースをバスのトランクに詰め込む柿島とオーナーの方を見た。
「あぁ私もその魔女さんからこの変身能力を買ったんだ。もちろん柿島くんもね」
オーナーがアビの視線に気づいて説明した。
「……私、オーナーが拾ってくれて人間になれた。仕事も見つかった。感謝」
柿島が少しほほえんで言った
「そうなんですね。もとから持っているものじゃないのか……」
アビは何かを考え込んでつぶやいた。
「東京に着くまでに変身の練習するの」
「旅の出発までにカンペキにできなくてね」
2人は楽しそうに話す。
「……あ、でもおふたりとも、背びれはしっかりとなくすことができているようですよ」
アビは2人の背中の方を見ながら言った。
「あー僕らもとから背びれがないイルカなの」
「そうそう!スナメリっていうの」
2人はクスクス笑いながら言った。アビは恥ずかしくなって顔を赤くしてしまった。
「あ……それは大変失礼いたしました……ごほん。それでは気を取り直しまして、お名前を」
「ルカ・メリナスだよ!」
「フィカ・メリナスです!」
「背が低いし丸っこいから子供かと思ったでしょ!」
「僕らこう見えて双子の大学生だからね!」
相変わらず楽しそうな2人。確認がとれたことで2人ははしゃぎながらバスに乗り込む。客は今ので最後だ。最後にトランクを閉めて柿島、オーナー、アビもバスに乗り込んだ。
「お待たせいたしました。19時30分になりましたので出発いたします」
バスはゆっくりと走り出す。
「このバスは30分ほど海底を走ります。その後、呉港から陸にあがり、高速道路を走ります。バスは23時に大阪に到着いたします。そちらでも乗って来られるお客様がいらっしゃるので少し長めに停車いたします。ごゆっくりお過ごしくださいませ。23時30分に大阪を出発し、9月1日朝8時30分に東京へ到着予定です。途中何回か15分休憩がございますので、ご安心くださいませ。それではごゆっくりどうぞ」
アビはいつものようにアナウンスをする。この仕事にも慣れ、緊張もしなくなった。始めた頃は敬語の使い方にも苦労したものだ。
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