第二章 夢を乗せ、悩みを乗せ、走る

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第二章 夢を乗せ、悩みを乗せ、走る

 アビはバスがスピードにのったのを確認して、新しく乗車した客にブランケットを配ってまわった。あと30分ほどで9月になる。風も涼しくなってきており、夜は少し冷える。アビはいくつかあるブランケットの中から少し厚めのものを用意した。 「これは良いブランケットだな。手触りが良い。ん?ほのかに潮の香りがするな……」  森本と名乗った男性がブランケットをふしぎそうにながめている。   「どうぞ」  アビは原田美陽にもブランケットを差し出した。 「あ、どうも……」  美陽は戸惑いながらブランケットを受け取った。夜行バスは初めてだった。夜のバスの雰囲気、貸してもらえるブランケット。鳥の車掌がいるバス……何もかも新鮮だった。アビは目を細めた。不安だった美陽はその笑顔だと思われる顔に安心感を覚えた。    アビはバスの先頭に戻り、アナウンスをはじめた。 「皆様ようこそ夜行バス『ディープドリーム』へ。東京まで案内をつとめる、アビと申します。運転手は柿島ですが、先ほどの大阪駅でオーナーの宿川に交代いたしました。これより東京へ向かいます。朝8時30分、東京に到着予定です。途中で何回か15分休憩をお取りしますので、お手洗いやお買い物などをお楽しみくださいませ。さて、皆様にお願いがございます。このバス、ディープドリームは海の中から走ってまいりました。海からの、人間ではないお客様もいらっしゃいます。そして秘密を守れる方のみ乗車されています」  このディープドリームという夜行バスの予約サイトは、この条件を満たした者のインターネット上にだけ表示される。それは他の夜行バスの予約サイトにまぎれていて、ごく普通のバスと見た人は思うだろう。しかし、いざ乗ってみるとふしぎな生物が乗っていることに気がつく……かもしれないし、人間しか見当たらないこともある。 「ここで見た私たち海の者の姿、このバスのこと、必ず秘密にしていただきたいのです。もし話してしまっても何も起こりませんのでご安心ください。ただ信じてもらえるかは分かりませんが……このバスは海の方や本当に必要としていらっしゃる方の助けになりたいと思って運行しております。どうかお願いいたします。では0時になりましたら消灯いたします。途中でアナウンスはいたしませんので、ごゆっくりお過ごしくださいませ」  アビは一礼して車掌の席へともどる。隣の席で柿島が牡蠣の姿で心地良さそうに眠っている。アビも少し休憩をとることにした。席に座ると。窓が目に入った。外は真っ暗で何も見えない。窓ガラスに姿がくっきりとと映っていた。アビはその自分をじっと見つめる。……見ても何も頭には浮かばないし、なんだか不安になってきた。たまに自分とは何なのか考えてしまう。やめよう。帽子を深く被り、少し仮眠をとろうと目をとじた。
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