第二章 夢を乗せ、悩みを乗せ、走る

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「あの、すみません。隣、座ってもいいですか?」  美陽が窓の外をぼんやり眺めていると、突然声をかけられた。青っぽい黒髪の女性が美陽をのぞきこむようにして立っていた。高校生ぐらいだろうか。 「なんか不安で誰かと一緒にいたくて……いい?」 「あ、はい。ど、どうぞ」  美陽は緊張して返事をした。学校が夏休みに入ってから同年代の子と話をしていなかった。 「ありがとう。座るね」  黒髪の女性は美陽の隣に座る。 「突然ごめんね。……名乗らなきゃ。あたし道野歩美。17歳。同じぐらいの年かな」 「あ、原田美陽といいます、17歳、です」  慌てて美陽も名乗る。緊張して言葉がうまくでない。 「同い年じゃん!じゃ、かた苦しいのは無しね。敬語じゃなくていいから」  歩美は嬉しそうに言った。 「は、はい。あっ、違う。うん、よろしくね」  美陽もにっこり笑うことができた。 「女子高生が1人で夜行バスなんて珍しくない?あたしも人のこと言えないんだけど」  歩美はどんどん話しかけてくる。きっと誰かと話したいのだろう。美陽も同い年の子がいて安心したようだ。 「もしかして1人旅行?あたしもそんな感じかな〜」 「私は大阪のおばあちゃんの家から帰るところ。本当は新幹線で帰る予定だったけど切符無くしちゃって……他の新幹線も明日の始発も全部満席で席がとれなかったの。どうしても9月1日には家に帰らないといけなくて、仕方なくこのバスに。おばあちゃんには反対されたけど……押し切っちゃった」  美陽は小さく笑った。 「やるね〜。思ったよりがんことか?」  歩美が感心したように言った。 「お母さんがね、学校はまだ夏休みだけど9月になったら絶対帰ってこいって」 「厳しいんだね……あたしは耐えきれないなぁそんな母親」 「仕方ないんだ……お兄ちゃんが行方不明になってからお母さんは私まで失うのがこわいらしくて、何かと私を心配するの」  美陽は緊張がとけたせいか、自分の話を聞いてくれる人がいるからか、どんどん話してしまう。 「行方不明……」  歩美が悲しそうな顔をした。美陽は下をむいて泣きそうだ。 「夏休みは一緒に、お兄ちゃんの情報集めのためのチラシやポスターを配ろうって言われてたけど……苦しくておばあちゃんの家に逃げちゃった……はっ!ごめんね!こんな暗い話」  美陽はあわてて歩美の顔をみる。 「いい判断だよ。ちょっとぐらい逃げなきゃね。自分の気持ちが大事だからさ!あたしも実は逃げてんだ」  歩美は二ヒヒと笑った。しかし、やはり1人遠くへ行くことに不安があるのだろう。あまり元気を感じない声だ。 「家出だよ。何日か前に親とケンカしちゃって、家飛び出しちゃった。たまたま見つけたサイトでこのバス予約して、海の魔女さんから人間になる能力買って……あ、ごめん説明するね。あたし魚でさー海からきたの。それで……」  歩美は驚いている美陽に海の魔女と能力の説明をした。 「へぇ〜魚なんだ。びっくりしちゃったけど、人間になれるってすごいね!……じゃあイルカの尾びれみたいなのつけてたあの前の席の人たちも?」 「そう、あたしと同じところから乗ってきたの。イルカらしいよ。人間に変身するのが下手でああなっちゃってるんだって」  双子の声が大きかったため、出発前のバスの中で待っていた歩美にも双子の事情は丸聞こえだった。 「あ、でも背びれは隠せてるね!」 「あー背びれは元からないんだって。スナメリって種類らしいよ」 「あ、そうなんだ……」  美陽は真っ赤になった。歩美はふふふと笑った。 「……それで歩美ちゃんは東京着いたらどこいくの?」  美陽はふと気になって歩美に質問した。 「それがとりあえず陸に行こうって決めて家出を決心したんだけど、行く場所が思いつかなくてね。海の魔女さんに相談したら東京はどうかって提案してくれたの。都会にすむ私の息子をたずねなさいって、住所教えてもらった!」  歩美がピースして言った。 「行くところがあるんだね!良かった!」    2人はその後、学校のことや親のことなど学生ならではの話に花をさかせた。 「お母さんたら、あたしにあれダメこれはやるな、もう口うるさくて。出かけるのにも苦労するよ。嫌になって家出しちゃった」 「あー分かる!私のお母さんもテニス部はボール飛んできてあぶないからやめとけとか、部活があるから遅くなるのに、なんで早く帰ってこられないの?って言ってくるし!寄り道もできないの。まぁお母さんの気持ち考えたら仕方ないんだけど、ちょっといやだよね」  しばらくして、歩美がぽつりとつぶやいた。 「……あたしの親もあたしのこと、心配……してくれてるかな」  美陽はうんうんと力強くうなずいた。 「ぜーったい心配してる!親はうるさく言ってくるけど、考えてみたら私たちのことをしっかり考えて、私たちのためを思って言ってくれているんだよね」 「……美陽のお母さんはちょっと厳しすぎじゃない?お兄さんのことがあるからなんだろうけど……ねぇお兄さんはどうして行方不明なのか聞いてもいい?」  美陽の顔がちょっと暗くなった。歩美はあわてて無理なら大丈夫だから!と付け足した。 「ううん、気になるよね……5月の連休にね、お兄ちゃんの誕生日だからみんなで遊園地に行こうって話になったの。お兄ちゃん、就活で悩んでたから気晴らしにもなるし行くってノリノリだった」  美陽は喜びでダンスする兄の姿を思い出して笑いそうになった。 「で、家からちょっと離れた遊園地に行ったの。楽しかったなぁ、いろいろ乗り物に乗れて。最後にお兄ちゃんと2人で観覧車に乗ったんだけど、そしたら……」  美陽は顔をゆがめた。ここからはあまり思い出したくない。 「火事……」  歩美もスナメリの双子が東京の遊園地で火事があったと言っていたことを思い出した。 「うん……最初は遠くに何か燃えているのが見えるだけだった。でも少しずつゴンドラの中が熱くなってきて、火事って分かった瞬間あっという間に私たちは炎に包まれた……」
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