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#2
「教授、テーマって、なんですか」
名越は横目で東田を見る。
「それは言えない。とにかく『発見』なんだ。私には、クリストファー・コロンブスしか思い浮かばん!」
「新大陸の発見・・・確かに、コロンブスですね」
名越が東田に向き直る。
「そうだろ、コロンブスなんだ。しかし、コロンブスではありきたり過ぎて新味や意外性に欠ける、というより、そんなことでは賞は獲れんのだ!」
「あの・・・賞というのは、ノーベル賞のことでしょうか」
「違う」
「ですよね。あとはレコード大賞しか思い浮かばないんですが、これも違いそうですね」
名越が頭を掻きむしる。それでなくても白髪の天然パーマの名越の頭は、実験に失敗した後のドク・エメット・ブラウンのようになっていた。
名越が叫ぶ。
「いったいテーマは誰が決めているんだぁぁぁ!」
思わず握り拳でテーブルを叩く名越。東田がぎくりと身を固くし、名護を見る。振動で試験管がぶつかり、カチカチと音を立てた。
名越は荒い息を整えると自分の席に座り、両手で頭を抱えた。
東田は、完全に混乱していたが、名越の助手を10年以上つとめているので、大学では名越はすこぶる変人であることもよく理解していた。
つまり、混乱には慣れっこなっていた。パニクることはなかった。
「もし、差し支えなけらば、その、なんちゃら賞の名前、教えていただけませんか」
頭を抱えた名越のくぐもった声が聞こえる。
「それは君とて言えない。すでに内輪ウケの話しになっているこの状況をさらに呆れるほどの内輪ウケにしてしまうことになる。いや、まったくウケてないような気もする。私にとってもっとも怖しいことは・・ウケないことなんだ!」
(教授は、ウケたいのか・・・)
この10年、ずっと側にいたが、東田にとってそれは、衝撃の事実だった。
研究者にとって、ウケたいはもっとも遠いところにあると思っていたからだ。
しかし、東田は名越に随分とお世話になっていたし、彼を尊敬もしていた。
「教授、私も全力でサポートしますので、この危機を2人で乗り越えましょう!」
東田の手が、名越の肩にそっと置かれる。
ゆっくりと東田を向く名越。感動で唇がワナワナと震えていた。
「ありがとう、東田丘君!」
「惜しいっ!」
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